弁護士小森榮の薬物問題ノート

アクセスカウンタ

zoom RSS 紆余曲折の覚せい剤輸入事件、控訴審で逆転無罪が続く

<<   作成日時 : 2016/01/16 17:07   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

裁判員裁判がスタートして以来、なにかと話題になってきた覚せい剤輸入事件の裁判に、また新しい流れが生まれるのでしょうか。
この1月13日、東京高裁は覚せい剤輸入事件の控訴審で、米国籍の被告人に逆転無罪の判決を言い渡しました。一審の千葉地裁の裁判員裁判では有罪で、懲役6年6月、罰金400万円を言い渡された事件です。
昨年12月22日にも、同じ東京高裁で、ウガンダからからの覚せい剤輸入事件で逆転無罪判決が出たところです。こちらも、千葉地裁の裁判員裁判では懲役8年、罰金300万円の有罪判決を破棄して、無罪を言い渡したものです。

<ニュースから>*****
●米国籍男性に逆転無罪=覚せい剤密輸、裁判員判決破棄−東京高裁
覚せい剤約3キロをスーツケースに隠して密輸したとして、覚せい剤取締法違反などの罪に問われ、一審千葉地裁の裁判員裁判で懲役6年6月、罰金400万円とされた米国籍の男性(79)の控訴審判決が13日、東京高裁であった。藤井敏明裁判長は一審判決を破棄し、無罪を言い渡した。
男性は公判で、「金融エキスパート」を名乗る人物から、400万ドルの報酬で現金を洗浄する特殊なオイルを運ぶよう頼まれたと主張。洗脳されて信じ込んでおり、違法薬物とは知らなかったと訴えていた。
藤井裁判長は、男性の主張を裏付ける証拠があるとし、「大企業の重役を務め、引退後は年5万ドル余りの年金を受給していた。不自由なく生活しており、重大なリスクを冒すことはあり得ない」と指摘。高齢で心臓病を抱え、認知障害もあるため、荒唐無稽な話を信用したことにも理由があると認定した。・・・
時事通信(2016/01/13-20:23)
*****

裁判員裁判の対象事件のなかでも、わかりにくい要素が多いといわれるのが、覚せい剤の輸入事件です。
隠密裏に行われる密輸取引では、密輸計画や運搬の依頼を裏付ける客観的な証拠は限られます。しかも、裁判を受ける被告人の多くは、運び屋として利用された人たちで、覚せい剤や密輸組織と密接な関係があるわけではありません。何重にも仲介者を経て渡された荷物の中に、覚せい剤が入っていることを知らなかったという主張の真偽を見極めるのは、たしかに難しいことです。それだけに、裁判員の皆さんが、検察官が示す証拠だけでは、決め手に欠けると感じるのは、無理もないと思います。

裁判員の迷いやためらいは、相次ぐ無罪判決となって現れました。裁判員裁判で審理された覚せい剤輸入事件では、これまでに、実に18人の被告人に全面無罪が言い渡されてきました。(このほかに他の罪状と合わせて審理された被告人で、覚せい剤輸入部分について無罪判決があったものが、私が把握しているだけで3人あります。)
最新速報値の2015年10月末までの集計で、無罪率(無罪人員/終局人員総数)を計算してみましょう。
・裁判員裁判・覚せい剤輸入事件の無罪率・・・2.42%
・裁判員裁判全体の無罪率・・・・・・・・・・0.56%
日本の刑事裁判では、戦後の時期を除けば、無罪率が1%を超えたことはなく、近年では0.1%台で推移していることを考えれば、2.42%という数字が、関係者にもたらした衝撃の大きさがお分かりいただけるでしょう。

しかし、この流れは、その後紆余曲折を辿ることになります。
まず、高裁による逆転有罪判決という動きが目立ち始めました。2010年6月、千葉地裁の裁判員裁判が下した最初の無罪判決(千葉地裁平成22年6月23日)に対して、検察官が控訴、控訴審を担当した東京高裁は逆転有罪を言い渡したのです(東京高裁平成23年3月30日)。マレーシアから空路帰国した被告人のボストンバッグから覚せい剤約1キロが隠匿されたチョコレート缶が発見されたという事件です。
たしかに、無罪判決のなかには、これまで裁判官裁判で積み上げてきた精緻な認定手法から見ると、大きな開きが感じられるものもありました。高裁は、改めて証拠を調べ直し、より精緻に独自に判断し、1審で無罪とされた覚せい剤輸入事件の被告人のうち、これまでに5名に対して逆転有罪の判決を下し(うち1名は1審で一部無罪)、また1事件は地裁に差し戻しました。

さらに、最高裁の判断も裁判の流れに大きな影響を及ぼし始めます。
当初、最高裁は、1審の裁判員裁判の判断を尊重する方向を示しました。裁判員裁判で無罪になった第1号事件で、高裁による逆転無罪判決を破棄して、改めて無罪を言い渡したのです。
しかし、その後は、高裁で逆転有罪となった事件について、最高裁は一貫して高裁の判断を支持し、上告を棄却する決定をしています。しかも決定に際して、「所論に鑑み、職権で判断する」として、最高裁の見解を示すケースが続きました。
ちなみに、最高裁が上告を棄却する場合、たいていは、ごく簡単に要点だけを記載した決定書が交付されますが(内輪ではこれを「ミクダリハン」などと呼びます)、上告棄却の決定に際して最高裁の見解が示される場合、私たちはそれを重要判例として特にマークするのが通例になっています。

2014年春以降、重要判例とされる最高裁決定が相次いで3回示されていますが、そこでは、裁判官、検察官の責任などにまで踏み込んで、1審での認定のあり方について具体的な意見を述べたものもありました。
たとえば、平成25年4月16日決定は、1審で密輸組織との共謀が否定されて無罪となった事件に関するものですが、補足意見において、「共謀」という法的な概念について裁判員に説明することは裁判官の役目であるとして、「裁判員に対し、適切な説明を行って職責を十分に果たすよう配慮する趣旨においても、法的概念についての共通の理解と認識に向けて、一層の研究と裁判官(長)の説明努力が期待されるところである。」としています。
また、平成26年3月10日決定は、覚せい剤を密輸した運び屋グループの首謀者であるとして起訴された被告人が、主に通話記録の検討から無罪となった事件ですが、補足意見において、「公判前整理手続における争点整理及び審理計画の策定が不適切なままで終わったことには裁判所のみならず当事者の対応にも問題があったと考えられるところであり、分けても本件公訴事実について立証責任を負う検察官の訴訟活動には問題があったといわざるを得ない。」とされました。

こうした最高裁の姿勢は、その後の裁判の流れに大きな影響をもたらしたようで、1審の裁判員裁判で無罪判決が目に見えて減少し始め、昨年はゼロとなりました。
しかし、最高裁の見解には、裁判員裁判を萎縮させたところもあったのではないでしょうか。最高裁の見解を重く受け止め、従来の判断基準と大きく異なる認定をしないよう心がける裁判官の態度が裁判員の自由な意見を束縛し、無罪の言い渡しを恐れる雰囲気が生まれてしまっていないでしょうか。

このたび、相次いで控訴審で逆転無罪の言い渡しがあったことは、この間の雰囲気を象徴しているように思えます。
裁判の認定が、気まぐれに変動することは好ましくないことはもちろんです。しかし、裁判員制度には、一般人の率直な意見が判決の方向を左右することも、当然含まれているはずです。これまでの認定基準と異なるものを排斥してきた流れは、果たして正しかったのでしょうか。
ひところは相次ぐ逆転有罪、そして今度は逆転無罪、こうした紆余曲折を繰り返すことで、刑事裁判や裁判員裁判に対する信頼が失われていくことが、はるかに問題だと感じるのは、私だけではないと思います。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
紆余曲折の覚せい剤輸入事件、控訴審で逆転無罪が続く 弁護士小森榮の薬物問題ノート/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる