弁護士小森榮の薬物問題ノート

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zoom RSS 大麻取締法の生い立ちを考える・その4―栽培の全面禁止から一部緩和へ

<<   作成日時 : 2008/09/11 00:55   >>

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昭和20年(1945年)10月12日、連合国軍の指示によって、大麻の植付、栽培が禁止され、栽培されている大麻は直ちに除去しなければならないことになりました。
ところが、昨日取り上げた衆議院厚生委員会の記録によれば、厚生省は、「この大麻が纎維資源として重要であることはわかつておりますので、総司令部の方に懇請いたしまして、麻の資源として必要であります関係で、この生産を認めてもらうことになりまして、現在五千町歩の範囲内で、かつ人員も三万人と押えられておるのであります。」と報告しています(昭和25年(1950年)3月13日、衆議院厚生委員会会議録)。つまり、この間に、大麻栽培禁止の一部緩和が行われたわけです。

ここに至るまでのおもな動きは次のとおりです。
@昭和20年(1945年)10月12日 「日本に於ける麻薬の生産並びに記録の統制に関する件」覚書 大麻の植付、栽培の全面禁止。
A昭和21年(1946年)11月22日「日本に於ける大麻の栽培の申請に関する件」覚書
B昭和22年(1947年)2月11日「繊維を採取する目的による大麻の栽培に関する件」覚書 繊維を採取する目的で、日本政府が許可し、登録した者の大麻栽培を認める。ただし面積、地域などの制限があり、報告義務がある。
C昭和22年(1947年)4月23日「大麻取締規則」 上記指令に基づく国内規定を整備。
D昭和23年(1948年)7月10日「大麻取締法」制定

ここでは、1947年2月11日付け「繊維を採取する目的による大麻の栽培に関する件」という覚書の概要を確認しておきましょう。
三、 日本帝国政府は、左の各号の規定に従って規則を交付すること。
○ 日本帝国政府より許可され、且つ登録された者の外、何人も大麻を、所持、植付、栽培、又は生育することを禁ずる。又大麻の栽培面積は、五千ヘクタールを超えてはならず、且つ栽培地区を左の各県に限定する。
青森、岩手、福島、栃木、群馬、新潟、長野、島根、広島、熊本、大分、宮崎。
○ 大麻の輸入、製造、配合、販売、取引、施用、処方、交付を禁ずる。但し、日本帝国政府に於て、適当なる手段の準備成り次第、登録者間に於いて大麻草又はその種子を移動することは差支えない。
○ 大麻の生産者は
一定期間の初めに於ける栽培地の数及びその合計面積、栽培中の大麻の数
一定期間に植付し、又は栽培することとなった大麻の数
一定期間中に、採取若くは他の処分を行った大麻の数
一定期間の終りに於て、栽培している大麻の数
等一切の生産及び取引に関する記録を整備し、且つ、日本帝国政府に報告しなければならない。
○生産者は成熟した大麻の実は、その成熟した作付地に於て腐らさなければならない。
又成熟した茎の外は、いかなる部分も除去してはならない。
但し、日本帝国政府より許されたところに従って大麻草又はその種子を除去することは差支えない。
○ 生産者は、前項の採取した成熟茎の総量及びこれより産出した繊維の総量に関する記録を整備し、且つこれを日本帝国政府に報告しなければならない。

後半は次回に掲載します。

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