弁護士小森榮の薬物問題ノート

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zoom RSS 大麻取締法の生い立ちを考える・その14−大麻取締法の改正

<<   作成日時 : 2008/09/29 23:25   >>

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1948年(昭和23年)に大麻取締法が制定された当時、免許を受けた大麻栽培者が約35,000人だったものが、1963年(昭和38年)には1万人を割り込み、8,625人になりました(厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課編『麻薬・覚せい剤行政の概況 2007年12月』41頁)。いっぽう、昭和33年ころから、麻薬事犯と麻薬中毒者の増加が続き、麻薬問題は社会問題化していました。
こうしたなかで、昭和37年10月、政府は閣議決定により内閣に「麻薬等対策関係閣僚会議」及びその下部機関として関係行政機関の職員を構成員とする「麻薬対策推進本部」を設置します。麻薬対策の強化策として打ち出されたのが、@啓発活動、A麻薬犯罪取り締まり強化、B麻薬管理の強化です。
どこかで見た内容だとお思いでしょう。つい先ごろ第三次の薬物乱用防止五か年戦略が発表されましたが、その基本となる骨子は、この時代の政策とそれほど変化していません。つまり、わが国の薬物乱用防止の基本政策は、昭和37年ころにその基本形ができたと考えられるのです。

さて、翌1963年(昭和38年)に、上記の政策を盛り込んだ麻薬取締法の改定が行われます。その際、大麻取締法も一部改定されました。麻薬取締法とのバランスをとる意味で、主に罰則の引き上げが行われました。

この改定で、輸出・輸入・栽培の違反に対してはより重い罰則を科すという、現行の制度が取り入れられています。大麻取締法が制定されて以来、この法律違反のほとんどが無許可栽培や、届出事項と異なる内容の栽培などで占められてきましたが、法律の制定から15年が経過し、いわば手続上の知識や情報の不備などの問題が、ほぼ解消されたことが推測されます。

わが国の大麻取り締まりの目的が、農産物としての大麻規制から、麻薬としての大麻規制に転換する分岐点となったのが、この時期だと、私は考えています。
1963年、欧米では大麻乱用が急速に広まり始める時期を迎えていました。とはいえ、わが国では、当時はまだ、大麻乱用問題は、外国人と関係のあるごく一部の人の問題で、一般ではほとんど顕在化していない時期です。

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