テーマ:薬物乱用の歴史

世界大戦とあへん・麻薬12|日本人と薬物、150年の戦い

●大東亜のあへん構想 1937(昭和12)年、盧溝橋事件を契機に日中戦争は全面戦争へと拡大し、関東軍は内蒙古地域に3つの蒙疆傀儡政権を樹立します。さらに、1938年(昭和13)年秋までに、日本軍は中国の主要都市のほとんどを占領下におき、日中戦争は戦線が拡大したまま持久戦に入ります。 あへんは、日中戦争下の占領地経営を支える資源と…
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世界大戦とあへん・麻薬11|日本人と薬物、150年の戦い

●満州国におけるあへん制度・・・1940年ころ 「満州国ニ於ケル阿片政策」江口圭一『資料日中戦争期阿片政策―蒙疆政権資料を中心に―』183~189頁、岩波書店(1985)によって、1942(昭和17)年ころの状況をみていきます。この資料は日付も署名もありませんが、その出所からして当時の蒙疆政権の阿片政策担当者が、参考のため、隣接する満…
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世界大戦とあへん・麻薬10|日本人と薬物、150年の戦い

●満州国におけるあへん制度・・・1930~40年ころ 満州国阿片令が発布された時期、台湾ではすでにあへん依存者に対する矯正治療が一定の成果を収め、政府の阿片政策は最終的なあへん禁断に向かって動き出していました。台湾で採用されたあへん漸禁主義が、台湾とは比較にならない面積と人口を有する満州で通用するかと危ぶむ声もあったものの、満州におい…
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世界大戦とあへん・麻薬9|日本人と薬物、150年の戦い

●満州、蒙彊とあへん政策・・・1930年代~ 1932年3月に建国を宣言した満州国は、同年11月に阿片法を布告してあへんの専売制度を開始しますが、このころから、日本が関わるもうひとつの麻薬問題、すなわち「あへん問題」が台頭してくることになります。 1920年代、国際社会で非難されてきたのは、主に、日本人が関与するモルヒネ、ヘロイン等…
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世界大戦とあへん・麻薬8|日本人と薬物、150年の戦い

●満州建国と国際社会での孤立・・・1932 1931(昭和6)年の満州事変、翌年の満州建国をめぐって、日本に対する国際的な反感と非難はいよいよ高まります。1933年2月、国際連盟総会がリットン調査団の報告書に基づいて満州国を否認する決議を行ったことから、日本は連盟総会から代表団を引き上げ、脱退を通告します。(昭和8年2月20日「連盟総…
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世界大戦とあへん・麻薬7|日本人と薬物、150年の戦い

●旧麻薬取締規則の制定・・・1930 1930年(昭和5年)、ジュネーブ会議で採決された第二阿片会議条約に沿って、国内法を整備するため、麻薬取締規則(昭和5年5月19日内務省令第17号)が公布されます。この規則は、麻薬の製造、国際的な流通規制を主な目的としたもので、製造、輸出入(移出入輸入)にあたって・入に関する規定が規則の中核をなし…
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世界大戦とあへん・麻薬6|日本人と薬物、150年の戦い

●ジュネーブ国際あへん会議・・・1924・1925 1920年代を通じて国際連盟を舞台に展開された、あへん・麻薬取引をめぐる外交戦は、1924~1925年のジュネーブ国際あへん会議でひとつの山場を迎えます。会議開催の牽引力となったのは、人道外交を掲げてもっとも厳しい態度で臨むアメリカでしたが、既得権益を持つイギリスがこれに反発し、主要…
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世界大戦とあへん・麻薬5|日本人と薬物、150年の戦い

●「モルヒネ」「コカイン」及其の塩類の取締に関する件・・・1920 1920年、日本政府は内務省令を発し、内地から占領地域や外国へ流出するモルヒネ等の規制を開始します(大正9年12月6日 内務省令第41号 「モルヒネ」「コカイン」及其の塩類の取締に関する件)。 この省令は、モルヒネ、コカイン、ヘロイン、エチルモルヒネ、コデインについ…
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世界大戦とあへん・麻薬4|日本人と薬物、150年の戦い

日本は、主に英米から大量のモルヒネなどを輸入しているが、国内で医療用に使用されるのはごく一部であり、残余は中国などへ密輸されているにちがいない。英国が主導する形で、国際社会で沸き起こった日本への非難は、まず、モルヒネなどの麻薬密輸問題として始まりました。 「1920年代を通して、日本人が関与する密輸問題はアヘンそのものよりはアヘンを原…
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世界大戦とあへん・麻薬3|日本人と薬物、150年の戦い

1908年、上海会議が開催され、中国の阿片問題は国際的なテーマになると同時に、各国の利愛をめぐって外交戦の的にもなっていきます。中国政府は以後10年のうちにあへんによる煙害を一掃することを宣言していました。その期限を迎えた1917年(大正6)年、中国政府は阿片厳禁令を発布し、翌年1月には上海で残存あへん1207箱の公開焼棄処分を行います…
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世界大戦とあへん・麻薬2|日本人と薬物、150年の戦い

1914(大正3)年、第一次世界大戦によってドイツからの輸入が途絶した医薬品の国産化に向けた動きが開始され、化学工業界は好況に沸き立ちます。モルヒネも、国産化が急がれた品目のひとつですが、問題は原料の入手でした。阿片法によってあへんの輸入は制限され、また国内産のあへんは全量を政府が買い上げていたのです。さらに、大戦勃発によって世界の阿片…
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世界大戦とあへん・麻薬1|日本人と薬物、150年の戦い

あへんに含まれる主要な成分はモルヒネで、日本で採取される生あへん中には、7~15%程度のモルヒネが含まれています。19世紀初頭にあへんからモルヒネを取り出すことに成功し、さらに19世紀半ばには注射剤として使用されるようになり、麻酔薬や痛み止めとして、モルヒネは広く使われてきました。日本は、医療に用いられるモルヒネのほとんどをドイツからの…
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あへん厳禁主義と漸禁主義10|日本人と薬物、150年の戦い

2月14日、台湾のあへん政策の途中で中断していた「日本人と薬物、150年の戦い」シリーズに戻ります。前回の記事は、 あへん厳禁主義と漸禁主義9|日本人と薬物、150年の戦い http://33765910.at.webry.info/200902/article_12.html 日本の領有によって開始された台湾におけるあへん管…
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あへん厳禁主義と漸禁主義 番外|日本人と薬物、150年の戦い

このシリーズを中断していたのは、1冊の本を待っていたためです。劉明修『台湾統治と阿片問題 近代日本研究双書』山川出版社(1983)。すでに在庫切れで入手できないため、図書館に申し込みをして他区の図書館から取り寄せてもらったものが、昨日やっと届きました。 ずいぶん待ってやっと読むことができたのですが、待った甲斐がありました。手元の資…
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あへん厳禁主義と漸禁主義9|日本人と薬物、150年の戦い

●密吸食者に対する厳正処罰 前述したように、台湾阿片令は、密吸食者の取り締まりを強化することを意図して、昭和4年に改正されましたが、密吸食者対策として盛り込まれたのが、前述した矯正治療に関する条項です。吸食特許を持たずに密吸食を続けてきた阿片依存者に対して、台湾総督の命令によって、強制的に治療することができるという内容です。  第1…
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世界で最初の薬物尿検査|日本人と薬物、150年の戦い 余話

私はいま、日本の薬物政策の通史をまとめるための基礎資料作りに取り組んでいます。現在は、明治29年に開始された台湾におけるあへん政策について調べているところですが、その途上で、思いがけない情報に出会いました。 薬物乱用の取り締まりに尿検査を用いる方法は、1930年(昭和5年)ころ、台湾で開発され、実用化されたのです。おそらく、これが…
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あへん厳禁主義と漸禁主義8|日本人と薬物、150年の戦い

●治療の成果 あへん依存者に対する矯正事業は、1930年(昭和5年)1月に更生院での治療が開始され、1934年(昭和9年)3月で一応の目標を達成したとして一段落を宣言し、その後は規模を縮小して、再度の矯正などに対応することとなりました。 その治療成果については、2つのデータが提供されています。 まず、「台湾阿片癮…
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あへん厳禁主義と漸禁主義7|日本人と薬物、150年の戦い

●禁断症状の管理 西欧では、19世ころからあへん製剤が多用され、また戦傷者に対して大量のモルヒネが投与された結果、多くのあへん・モルヒネ依存者が生まれ、その治療が試みられてきました。あへん系の薬物依存者が急に薬物の摂取を断った場合、極度の禁断症状に苦しみ、その苦痛が耐えがたいことから、一度依存に陥ったら薬物をやめることは困難だとされま…
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あへん厳禁主義と漸禁主義6|日本人と薬物、150年の戦い

●あへん依存者の矯正 1929年(昭和4年)、台湾の阿片制度は方向を転換して、あへんの使用禁止策を前面に掲げますが、新政策を実施する前提として、阿片令施行後、密吸食によって新たにあへん依存となったいん者に対する矯正事業が開始されました。その基本は、いん者を行政処分による強制措置によって更生院へ入所させ、医学的な治療を施してあへん使用を…
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あへん厳禁主義と漸禁主義5|日本人と薬物、150年の戦い

●矯正事業の開始 1896年(明治30年)台湾に阿片令を施行して以来、あへん漸禁政策の下に、あへんを専売として、吸食特許を受けたいん者に限って販売することが行われてきました。一部の医療機関ではあへん依存者に対する任意の治療が行われ、自ら使用をやめる例もあったといいますが、もっぱら死亡によるいん者の自然減少によって、あへん使用を絶滅させ…
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あへん厳禁主義と漸禁主義4|日本人と薬物、150年の戦い

●専売品としてのあへん 台湾のあへん制度は、政府によるあへん専売制度と、吸食特許者に限定したあへんの提供によって構成されています。原料となる生あへんは、インド、ペルシャ、トルコ産を輸入し、これを専売局があへん煙膏に加工します。 専売事業開始当初はあへん煙膏は3等級に区分されていましたが、その後、嗜好の変化や品質改良に対応した改定が重…
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あへん厳禁主義と漸禁主義3|日本人と薬物、150年の戦い

●あへんの吸食特許 1897年(明治30年)に施行された「台湾阿片令(明治30年律令第2号)」は、その第3条に「阿片煙膏は阿片癮(いん)に陥りたると認むる者に限り其の購買及び吸食を特許し鑑札を付与す」と規定し、「いん者」と認定された者に対して、あへん煙膏の購買、吸食を特別に認めることを定めています。 台湾のあへん制度は…
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あへん厳禁主義と漸禁主義2|日本人と薬物、150年の戦い

●阿片癮(いん)者 台湾における阿片政策に関して、後年にまとめられた2つの資料に基づいてまとめます。資料の第1は、賀来(かく)佐賀太郎による「日本帝国の阿片政策」で、1924年(大正13年)のジュネーブあへん会議において、賀来が日本代表として演説したもので、台湾における阿片漸禁政策を中心に日本の阿片政策を論じたものです。…
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あへん厳禁主義と漸禁主義1|日本人と薬物、150年の戦い

●台湾領有とあへんの管理 清朝の支配下にあった台湾島は、福建省、広東省からの移住民などによって漢民族化が進み、中国本土の生活文化が浸透しており、あへん煙膏の吸食も広まっていました。 1894年(明治27年)に勃発した日清戦争に勝利したわが国は、翌年、清国との間で下関条約(馬關條約)を締結し、台湾の割譲を受けました。台湾島を領有した日…
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幕間|日本人と薬物、150年の戦い

2008年の年頭から手がけてきた「日本人と薬物、150年の戦い」シリーズ、ようやく明治初期から中期に差し掛かりました。 日本はそろそろ、政策として薬物対策の見直しと再構築をしなければならない時期を迎えていると、数年来、私は考えています。政策を考えるとき、必ず行われる作業のひとつが、過去の歴史の再評価なのですが、困ったことに、わが国…
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近代化のなかの麻薬管理・11|日本人と薬物、150年の戦いⅡ

●モルヒネ含有率6%をめぐる攻防 著者不詳「阿片ノ始末」薬學雑誌vol.1888,No.75(1888)pp.204-214 明治11年の「薬用阿片売買並製造規則」で、薬用あへんについて国の専売制度が定められ、製造された生あへんの全量を国が買い上げることになりました。ただし、モルヒネ含有率が基準に達しないものは、買上げの対象とせず、…
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近代化のなかの麻薬管理・10|日本人と薬物、150年の戦いⅡ

刑法から話題を切り替えて、明治初期の薬用あへんの状況について、もう少し補足しておきます。 まず、復習です。薬用あへんに関しては、明治11年の「薬用阿片売買並製造規則」で、政府による阿片専売制度の基本的な骨格が整い、これを整理拡充するものとして、明治30年に旧「阿片法」が制定されます。その後、第二次大戦終戦時まで、旧「阿片法」による薬用…
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近代化のなかの麻薬管理・9|日本人と薬物、150年の戦いⅡ

●あへん煙に関する罪の特殊性(続き) 旧刑法において[あへん煙に関する罪]の規定は、特殊な存在であったという点に、もう少しこだわってみたいと思います。前回で引用した法学書は、西欧の刑法典にない規定であること、異例に厳しい刑が定められていること、の2点に特殊性を見出しているようなので、この点を検証してみましょう。 まず、西欧の…
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近代化のなかの麻薬管理・8|日本人と薬物、150年の戦いⅡ

●あへん煙に関する罪の特殊性 前回でも触れたとおり、旧刑法には「健康を害する罪」として、公衆衛生に関する犯罪がいくつか掲げられていますが、そのほとんどは、重大な過失や法令の無視などによって公衆衛生に少なからぬ影響を及ぼすといったタイプの違反であり、定められた刑の水準もそれに対応したものになっています。それと比較して、[あへん煙に関する…
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近代化のなかの麻薬管理・7|日本人と薬物、150年の戦いⅡ

●旧刑法制定へ(続き) 旧刑法は、犯罪を「公益に関する重罪軽罪」、「身体財産に関する重罪軽罪」「違警罪」と3分類していますが、その「公益に関する重罪軽罪」の第5章「健康を害する罪」第1編に[あへん煙に関する罪]が掲げられています。ちなみに、第5章のほかの項目として[飲料の浄水を汚穢する罪]、[伝染病予防規則に関する罪]、[危害品及び健…
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