刑の一部執行猶予制度スタート

6月1日から施行された、刑の一部執行猶予制度。さっそく各地の地方裁判所で、被告人に一部執行猶予付き判決が言い渡され始めています。
今のところ、私は、簡単な新聞記事で概要を把握しているだけで、各事案の内容や量刑判断に結びついた事情など、具体的な部分はわかりませんが、新たな制度が想定していた多様なパターンが出そろったようです。

<執行猶予中の再犯者に対する一部執行猶予の例>
①千葉地裁 6月2日判決
 被告人 40歳女性
 事件  覚せい剤取締法違反(使用・所持)
 判決  懲役2年、うち6月を2年間の保護観察付執行猶予(求刑:懲役3年)
 前刑  2015年3月、懲役2年6月執行猶予4年(執行猶予中)
②大阪地裁 6月2日判決
 被告人 28歳男性
 事件  覚せい剤取締法違反(使用)
 判決  懲役1年4月、うち4月を2年間の保護観察付執行猶予(求刑:懲役2年)
 前刑  2014年、覚せい剤・窃盗で執行猶予中

刑法に新たに設けられた刑の一部執行猶予(27条の2)は、その対象として、初めて実刑判決を受ける被告人が想定されていて、その典型的な例が、執行猶予中(保護観察付も含む)に再び罪を犯した人です。
この規定が適用されるのは、薬物事犯に限らないのですが、再犯防止の観点から、一部執行猶予が言い渡されるという新制度の趣旨に照らして、当面は、再犯防止処遇がすでに稼働している薬物事犯での言い渡しが中心になるだろうといわれていました。今後、保護観察の体制が整えば、窃盗など他の犯罪にも適用される可能性があります。
保護観察に関しては、刑法の規定では、必ずしも保護観察を付けることが要求されてはいません。この刑を受ける対象者のなかには、更生を支える環境が整っており、自力での改善更生を期待できる人もあり、保護観察の当否は裁判所が個別に判断するとされています。
なお、執行猶予中に再犯して、一部執行猶予判決を言い渡された場合は、前の刑の執行猶予は取り消され、宣告されていた刑を実際に受けなくてはなりません。

<累犯者に対する一部執行猶予の例>
③名古屋地裁一宮支部 6月2日判決
 被告人 40歳男性
 事件  覚せい剤取締法違反
 判決  懲役2年、うち4月を2年間の保護観察付執行猶予
 前刑  2009年 1年6月の実刑判決で服役 
④福岡地裁 6月3日判決
 被告人 30歳女性
 事件  覚せい剤取締法違反(使用)
 判決  懲役2年4月、うち6月を3年間の保護観察付執行猶予(求刑:懲役2年6月)
 前刑  実刑で出所後約1年半で再犯
⑤札幌地裁 6月6日判決
 被告人 47歳女性
 事件  覚せい剤取締法(使用)
 判決  懲役3年、うち10か月を3年間の保護観察付執行猶予(求刑:懲役3年6月) 
 前刑  同法違反で5回の服役あり

改正刑法と同時に施行された「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律(以下「薬物猶予法」といいます)」は、薬物の使用や所持といった薬物事犯者に関して、前科を持つ人でも、一部執行猶予の対象となるよう定めています。つまり、懲役・禁固刑で服役した前科があっても、懲役・禁錮刑の執行終了から5年以内であっても、一部執行猶予の対象となるのです。
規制薬物に対する依存によって再犯してしまう人たちにとって、刑事施設内における断薬と処遇に引き続き、社会内で継続的な処遇を行うことが、再犯防止のうえで効果的だと考えられるからです。
刑事施設内での処遇と、社会内処遇の連続性を確保するために、一部執行猶予を言い渡す際には、必ず保護観察が付けられます。対象者は、刑事施設を出所した後、保護観察所の監督下で覚せい剤事犯者処遇プログラムを受け、定期的に保護観察所に出向いて教育課程を受講し、その都度、簡易尿検査を受けます。

●あくまで再犯防止のための施策
これまで、言い渡される刑は、全部執行猶予か、全部実刑しかなかったところへ、一部執行猶予という新しい選択肢が生まれました。
しかし、これは、全部執行猶予と、全部実刑との間に中間的な刑を生み出すものではないと、繰り返して説明されてきました。あくまでも、再犯防止の観点から選択されるものであり、被告人に科される刑を重くするものではなく、軽くするものでもない、というのです。

とくに、薬物猶予法に基づいて言い渡される一部執行猶予では、刑事施設内処遇に引き続いて社会内処遇を行うために、刑期の一部を執行猶予とする意味合いが強いため、自力で改善更生できそうな被告人は対象とならず、むしろ、保護観察も含めてより長期間の処遇が望まれるケースで、一部執行猶予の判決が下されることも考えられます。
そうなると、これまで私たちが抱いてきた、執行猶予即ち被告人にとって有利な判決、というイメージを改めなくてはなりません。

さて、刑罰に新たな要素を持ち込む、刑の一部執行猶予制度。薬物事犯者にとって、この新制度は何をもたらすのか、もう少し考えてみたいと思います。
次回も、一部執行猶予制度について続けます。

覚せい剤使用者に運転免許停止

つい先日、執行猶予付き判決が言い渡されて社会復帰した元スター選手Kさんに、今度は運転免許停止の話題が持ち上がっています。

<ニュースから>*****
●清原被告の免許停止検討=運転危険性を考慮-警視庁
覚せい剤取締法違反罪に問われ、執行猶予付きの有罪判決を受けた元プロ野球選手でタレントのK被告(48)について、警視庁が最長6カ月の運転免許停止処分を検討していることが1日、分かった。東京都公安委員会が行政処分を出す見通し(以下省略)。
時事ドットコム2016年6月1日 20:09
*****

運転免許の停止といえば、普通は、交通違反をしたり、交通事故を起こした場合の点数による処分を想像します。違反や事故の内容に応じて定められている点数によって、運転免許の取消しや停止等の処分が行われますが、酒酔い運転や、覚せい剤や麻薬を使用しての運転(交通取り締まり上は「麻薬等運転」と呼ばれています)の場合は、とくに重い点数が定められていることは、どなたでもご存知でしょう。

ところが、Kさんの場合は、交通違反で摘発されたたり、事故を起こしたわけではないのに、免許停止が検討されるというのです。

運転免許の停止や取消しについて定めているのは、道路交通法103条ですが、そこでは、免許を受けた者が「アルコール、麻薬、大麻、あへん又は覚せい剤の中毒者」に該当することとなったときは、公安委員会は、免許を取消し、または停止することができるとしています(103条1項3号)。

具体的にいうと、この条項が、免許を停止しまたは取り消す対象として、1号から8号までで定めているのは、次のような内容です。
・幻覚を伴う精神病、発作により意識障害・運動障害をもたらす病気など一定の症状を呈する病気にかかっている者、認知症、運転に支障を及ぼすおそれがある身体の障害が生じている者(1~2号)。
・アルコール、麻薬、大麻、あへん又は覚せい剤の中毒者(3号)。 
・交通法令に違反したことによって処分を受ける者。交通事故や違反行為には点数が割り当てられ、一定の点数に達すると免許の取消しや停止処分を受ける(5~7号)。
・免許を受けた者が自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがあるとき(8号)。

しかし、実際には「アルコール、麻薬、大麻、あへん又は覚せい剤の中毒者(以下「薬物中毒」といいます)」であることを理由に、免許の停止や取消しが行われることは、これまでほとんどありませんでした。
2012年に作成された資料によると、この条項が現在の形に改正された2002年6月以降、2011年までの間に、薬物中毒による免許取消しは1件もなかったのです[下記参照①]。同期間中の、アルコール中毒による免許取消しは49件、認知症によるものは1500件を超えているのですから、薬物中毒による取消しが行われなかったのには、それなりの理由があると考えるべきでしょう。

私が思うに、覚せい剤や麻薬は、乱用行為そのものが極めて重い処罰を受けるため、あえて免許制度によって制裁を加えるまでもないと、了解されてきたのではないでしょうか。
たとえば覚せい剤取締法違反に問われた場合には、初犯者でも1年を超える懲役刑が言い渡されるのですから、アルコールの場合と違うと考えるのも、当然な気がします。

ともあれ、道路交通法が制定された1960(昭和35)年以来、法律の上では一貫して、薬物中毒者に対する運転免許の停止、取消しについての規定が設けられてきましたが、この規定がとくに注目される機会もありませんでした。2012年、てんかんなど一定の病気を持つ運転者に対する対策に社会の目が注がれ、検討を経て2014年の法改正に新たな対策が盛り込まれましたが、この検討過程でも、薬物中毒に関する規定について、突っ込んだ議論が展開された様子はうかがえません(下記参照②)。

●危険ドラッグ対策としての免許停止
薬物使用者と運転免許の問題に、社会の関心が注がれたのは、2014年のことでした。危険ドラッグ使用者による交通事故が社会問題になっていた2014年秋、乱用を鎮静化させるために、あらゆる手段が投入される中で、危険ドラッグ使用者に対して運転免許を停止する措置がとられたことは、皆様も覚えておられることでしょう。

このとき適用されたのは、法103条1項8号(いわゆる危険性帯有者に対する条項)でした。薬物中毒者に対して定めた同3号は、「麻薬、大麻、あへん又は覚せい剤の中毒者」と明記しているため、危険ドラッグ成分である指定薬物には及びません。また、当時の社会で問題を起こしていたのは、そもそも法規制の対象になっていない新種の薬物が中心であったことから、「道路交通の危険を生じさせるおそれ」として様々な内容をカバーすることができる同号が適用されたものです(下記参照③)。

当時は、危険ドラッグ使用者が自動車を運転して、重大な事故を引き起こすケースが相次ぎ、警察は、あらゆる法令を総動員して危険ドラッグ取締まりを強化していた時期です。危険ドラッグ使用者に対する運転免許停止という、前例のない対策の投入にあたっても、批判や疑問の声はほとんど聞かれませんでした。
しかし、皮肉なことに、この対策が各地で動き出したころには、危険ドラッグ販売店の壊滅によって、国内での流通は急速に縮小し、危険ドラッグ使用者による交通事故の発生も激減したため、動き出した新たな対策は、宙に浮いてしまったのです。
せっかく投入された新たな対策ですが、急速な時流変化の中で、その成果や問題点に対する評価や見直しの機会もないまま、今日に至っているというのが、私の見方です。

●薬物事犯者の免許を制限する必要性はあるか
さて、Kさんの事件を受けて、改めて、覚せい剤事犯者に対する免許停止を検討する意向が示されました。おそらく、執行猶予付き判決を言い渡され、社会生活に戻る人たちに対して、覚せい剤を使用して危険な運転をすることのないよう、一定期間、免許を停止するという趣旨なのでしょう。

たしかに、私たちは、近年の危険ドラッグ禍を通じて、薬物を使用して自動車を運転することの危険性を目のあたりにしてきました。覚せい剤によく似た作用を持つ興奮系の危険ドラッグも少なからず流通し、事件や事故を引き起こしてきました。
薬物運転を防止する対策が大切なのは、言うまでもないことです。

しかし、覚せい剤事犯者に対する免許の停止が、果たして有効な対策でしょうか。前述したとおり、危険ドラッグ対策として投入された免許停止策の成果は、検証されていません。しかも、免許停止に先んじて行うべき、啓発や教育の具体策はほとんど講じられていません。

いっぽう、免許停止はその対象者の生活に、大きな影響を及ぼします。執行猶予付き判決を得て社会復帰し、生活の再建にとりかかる人たちが、一時的とはいえ、運転免許を失うとしたら、働く機会を失い、生計を維持することさえ困難になることだってあるのです。
健全な生活の基盤を失えば、薬物との絶縁だって進展しません。
薬物運転防止にとって、薬物事犯者に対する運転免許停止の措置が、本当に必要なのか、またそれが有効なのか、もっと幅広い議論が必要だと思います。

[参照]
①警察庁「一定の病気等に係る運転免許制度の在り方に関する有識者検討会」第1回資料、2012年
https://www.npa.go.jp/koutsuu/menkyo4/siryo.pdf
②上記検討会の議事録は、警察庁サイトで公開されています。
警察庁サイト内「各種有識者会議等」
https://www.npa.go.jp/koutsuu/index.htm#soota
③当サイト内過去記事「危険ドラッグ所持で免許取り消し」2014/09/03
http://33765910.at.webry.info/201409/article_1.html

執行猶予中の生活について10の質問

元スター選手Kさんに、執行猶予付の判決が言い渡されて、今日は立て続けに、執行猶予について質問を受けています。繰り返して似たような質問を受け、同じような答えをして・・・、皆さんから寄せられた質問をざっとまとめてみました。

Q1、執行猶予とは?
A1、執行猶予とは、有罪判決で言い渡した刑の執行(懲役刑であれば刑事施設への収容)を一定の期間猶予し、猶予期間を満了すれば、宣告された刑の効力が消滅するという制度です。
猶予期間中は、資格制限などの制約を受けることがありますが、猶予期間を満了すれば有罪判決を受けたことによる制約がなくなります。

今回、Kさんに言い渡された判決は、
  被告人を懲役2年6か月に処する。
  この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。
というものでした。
つまり、2年6か月の懲役刑を宣告されたのですが、その執行(現実にその刑を受けること)を 4 年間猶予するという意味です。
猶予期間中に犯罪に関わるなどすれば、執行猶予は取り消され、猶予されていた宣告刑―ここでは 2 年 6 か月の懲役刑―を現実に受けなければなりません。執行猶予期間中はこうした立場なのです。
また、執行猶予期間中は、基本的に、懲役刑を宣告された立場にあるので、資格をとる場合などに制約がありますが、猶予期間を満了すると、こうした制限はなくなります。


Q2 執行猶予期間を満了すると?
A2 執行猶予期間を無事に満了すれば、判決の言い渡しはその効力を失うと刑法は定めています。簡単にいうなら、宣告がされなかったことになるのです。
なお、執行猶予期間を無事に満了した場合に、当人には、とくに通知があるわけではありません。

<参考>刑法 27 条
第二十七条 刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。


Q3 執行猶予中に犯罪に関わるとどうなりますか?
A3 執行猶予中に犯罪を行い、懲役刑または禁錮刑を言い渡された場合は、原則として、執行猶予は取り消され、猶予されていた宣告刑を実際に受けなくてはなりません。さらに、新たな犯罪に対して科される刑も加わるのですから、かなり長い期間にわたって服役することになります。
しかし、新たに言い渡された刑が1年以下の懲役または禁錮であれば、情状によっては、もう一度執行猶が付けられ、前の執行猶予が取り消されずに済むこともあります。これを「再度の執行猶予」といいます。ただし、保護観察付執行猶予の場合には、再度の執行猶予を受けることはできません。
懲役または禁錮1年以下の刑が言い渡されることの多い犯罪としては、被害者のない道路交通法違反や、万引、器物損壊などをあげることができます。
なお、駐車違反や制限速度超過などの交通違反は、刑事罰ではなく行政処分ですから、執行猶予中の身分と関係はありません。ただし、道路交通法違反として懲役または禁錮刑を言い渡された場合には、執行猶予の取消しが問題になります。

<参考>刑法25条2項、26条
第二十五条  次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その執行を猶予することができる。
2  前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。
第二十六条  次に掲げる場合においては、刑の執行猶予の言渡しを取り消さなければならない。ただし、第三号の場合において、猶予の言渡しを受けた者が第二十五条第一項第二号に掲げる者であるとき、又は次条第三号に該当するときは、この限りでない。
一  猶予の期間内に更に罪を犯して禁錮以上の刑に処せられ、その刑について執行猶予の言渡しがないとき。


Q4、保護観察付執行猶予とは?
A4、保護観察付執行猶予を言い渡された人は、住所地を管轄する保護観察所に手続きをし、保護観察官及び保護司の指導監督を受けなければなりません。具体的には、月に2回程度保護司の面接を受け、生活状況などを報告し、指導を受けます。
保護観察中は、定められた遵守事項を守らなければなりません。
また、覚せい剤事犯者処遇プログラムを受講するよう定められた場合は、定期的に(月に2回程度)保護観察所で教育課程を受講し、その都度、簡易尿検査を受けることが義務付けられます。
もしも、尿検査で陽性反応があった場合は、覚せい剤使用の疑いがあるとして警察署に出頭しなければなりません。


Q5、執行猶予中に仕事はできますか?
A5、仕事をすることについて、制約は一切ありません。また、会社に就職することについても、制限はありません。
ただし、国家公務員の場合は、「禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者」は、その職に就くことができず、在職中の者は当然失職すると定められているので、たとえ執行猶予付であっても、懲役刑の宣告を受けた場合は、職を失います。地方公務員の場合も基本的には同様です。
<参考>国家公務員法 38条
第三十八条  次の各号のいずれかに該当する者は、人事院規則の定める場合を除くほか、官職に就く能力を有しない。
二  禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者

Q6、契約をしたり、ローンを組むことはできますか?
A6、通常の経済活動をするうえで、とくに制約はありません。また、一般的な契約やローンの申込にあたって、「あなたは執行猶予中ですか?」といった質問をされることは、まずないでしょうから、執行猶予中であることを理由に、契約やローンの申し込みが制約されることはないと思います。
また、ローン審査にあたって、前科の有無が調査されることも、ないと考えてよいでしょう。前科に関する記録は、警察、検察庁に保管されていますが、この情報が民間に流れるということはありません。


Q7、結婚することはできますか?
A7、問題はありません。ただし、保護観察付執行猶予の場合には、結婚など重大な生活上の出来事については、あらかじめ担当の保護観察官や保護司に申告するよう求められます。


Q8、引っ越しをすることはできますか?
A8、単純執行猶予の場合、問題はありません。保護観察付執行猶予の場合は、居住地を届け出なければならず、また転居する場合には事前に許可を得る必要があります。なお、保護観察付執行猶予の場合は、7日以上の旅行をする場合にも、許可が必要です。


Q9、海外旅行はできますか?
A9、執行猶予中の人がパスポートを申請すると、旅券課で個別に審査を受けることになります。当然、審査にはある程度の時間がかかるでしょうし、場合によれば、パスポートが発行されないこともあります。
  また、パスポートを持っていても、渡航先によっては、犯罪歴のある人の入国に対して厳しい対応をしている国もあり、執行猶予付き判決とはいえ、有罪判決を受けたことがあることで、入国が難しくなる場合もあります。
米国へ渡航する場合、薬物犯罪で逮捕された経歴のある人、有罪判決を受けたことがある人は(執行猶予中であっても)、ビザなし渡航はできず、事前にビザ申請をするよう求められます。また、執行猶予期間を満了した人も、過去に薬物犯罪で逮捕されたことがあれば、同じように、ビザを申請する必要があります。
一般的なビザなし渡航の手続きに沿ってESTAで事前申請をすると、その手続過程で「これまでに不道徳な行為に関わる違反行為あるいは規制薬物に関する違反を犯し逮捕されたこと、あるいは有罪判決を受けたことがありますか」という質問があり、執行猶予中の人は、Yesと回答しなければなりません。
なお、犯罪歴のある人の入国の取り扱いは、国によって異なるので、相手国の大使館などに問い合わせてください。

<参考>旅券法 13条
第十三条  外務大臣又は領事官は、一般旅券の発給又は渡航先の追加を受けようとする者が次の各号のいずれかに該当する場合には、一般旅券の発給又は渡航先の追加をしないことができる。
三  禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者


Q10、選挙に立候補すること、投票することは?
A10、まず、立候補する権利、つまり「被選挙権」について。
いわゆる選挙犯罪など特定の犯罪で執行猶予になった場合を除き、執行猶予中であることは、選挙に立候補することの妨げにはなりません。執行猶予中に選挙に立候補することができない特定の犯罪とは、公職に就いていた間に犯した収賄、斡旋利得の罪、選挙に関する犯罪、政治資金規正法をさします。
投票する権利、つまり「選挙権」は、執行猶予中でも、失うことはありません。

<参考>公職選挙法11条
第十一条  次に掲げる者は、選挙権及び被選挙権を有しない。
一  削除
二  禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者
三  禁錮以上の刑に処せられその執行を受けることがなくなるまでの者(刑の執行猶予中の者を除く。)
四  公職にある間に犯した刑法 (明治四十年法律第四十五号)第百九十七条 から第百九十七条の四 までの罪又は公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律 (平成十二年法律第百三十号)第一条 の罪により刑に処せられ、その執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた者でその執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた日から五年を経過しないもの又はその刑の執行猶予中の者
五  法律で定めるところにより行われる選挙、投票及び国民審査に関する犯罪により禁錮以上の刑に処せられその刑の執行猶予中の者

<参考資料>*****
なお、薬物事件で有罪判決を受けた人、執行猶予付の判決を受けた人に対する制約などについてまとめた資料を私のHPに掲載しています。
やや古いもので、米国への渡航に関する事情などで事情が多少変わっていますが、ご参考までに紹介しておきます。

①薬物前科ってなんだろう
http://www2u.biglobe.ne.jp/~skomori/law/law4/
②資料:薬物事件で有罪判決を受けた人へ(PDF)
http://www2u.biglobe.ne.jp/~skomori/law/zenka2.pdf

執行猶予と情状|覚せい剤からの離脱

覚せい剤の単純所持や使用罪の事件では、初犯者であれば、執行猶予付判決を受けることを期待することでしょう。刑法は「前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」は、「情状により、裁判が確定した日から1年以上5年以下の期間、その執行を猶予することができる」と定めています(25条1項)。

たしかに、初犯者であるという点は、刑の執行を猶予する有力な事情ですが、しかし、初犯者なら必ず執行猶予になるとまでは言い切れません。じっさい、少数ですが、初めて覚せい剤取締法違反で裁判を受け、実刑を言い渡される人たちもいます。
(なお、営利犯や輸入・製造などの事件では、有罪となれば実刑を言い渡されることが多く、執行猶予付判決を受けることは、かなり難しくなります。)

●ボーダーライン上のケース
私が事件を担当する際に、初犯者であっても、実刑が言い渡されるかもしれないことを念頭において進めるケースがあります。
たとえば
・単純所持で起訴されたが、所持量が多量で、自己使用目的とは言い切れない
・密売を疑われる人物との関係が密接であり、生活状況がきわめて不明朗
といった事情のある場合です。
言い渡される判決に執行猶予がつくかどうかは、上記のとおり、「情状により」判断されるので、こうしたケースでは、早い時期から裁判を視野に入れて、できるだけ有利な情状を積み上げ、執行猶予付判決に一歩でも近づくような計画を立てます。

覚せい剤の単純所持や使用の事件では、とくに初犯の被告人のほとんどは、薬物乱用という問題を抱えてはいても、ほかの犯罪に関わったことはなく、薬物問題を克服することさえできれば、社会や家庭の一員として、前向きな役割を果たすことのできる人たちです。
裁判を控えた緊張感の中で、薬物乱用と絶縁するための具体的な行動をスタートし、さらに執行猶予付判決を受けることができた場合は、猶予期間中も緊張感を失うことなく取り組み続けることは、とても重要なことだと思います。

取り組む目標は、大別すると2つあります。
ひとつは、覚せい剤使用をやめること。好奇心で使っている程度の人なら、本人が緊張感を持つだけで問題が解決することもありますが、依存的な使用を続けてきた人の場合は、専門の医療機関や自助グループなどの助けが有効なこともあります。
もう1点は、生活の立て直しです。覚せい剤を使うようになった背景、覚せい剤にのめり込むようになった生活状態、不明朗な交友関係、不安定な仕事、きままな一人暮らし・・・、薬物と縁を切って出直すとすれば、大きな方向転換が必要なことは山ほどあります。

●執行猶予に結びつく情状
刑事裁判での「情状」とは、量刑判断に影響を及ぼす様々な事情のことで、罪責を重くする<不利な情状>と、被告人のために斟酌すべき<有利な情状>を比較して、裁判官は言い渡す刑を判断します。

とくに不利な情状とされるのは、長期間乱用を続けたことや、友人や家族に注意されるなど、反省すべき機会があったのにやめなかったことなど。また、警察に薬物や尿を任意提出した後も使用を続け(その場で逮捕されなかったケース)、逮捕時にまた新たな薬物を所持していたり、尿中から覚せい剤が検出されたことなども強く非難されます。

いっぽう、次のような事情は、被告人に有利な情状として考慮されます。
・反省・・・真摯に反省している 罪を認め反省している
・薬物を断つ決意・・・専門家の助言を受ける 専門病院で治療を受ける 回復団体に参加する
・監督者・・家族、友人などが公判廷で監督を約束している
・悪質でない・・・乱用歴が浅い 使用が頻繁ではない
・生活基盤・・・安定した家族関係 定職についている 

判決では、こうした諸事象を取り上げ、そのバランスを検討したうえで、適切な刑を言い渡すことになります。
実際の判決書では、次のようになります。これは、最近の事例のうち似たようなものを数件選び出してつなぎ合わせた例文です。

<判決の例>*****
(量刑の事情)
本件は、覚せい剤を自己使用したという事案である。 
・・・被告人は、○年前ころより知人に誘われて覚せい剤を使用するようになり、疲れをとるためなどという短絡的な理由で使用を繰り返して本件犯行に及んだもので、動機に酌むべきところはないうえ、被告人の心身の不調を案じる家族の忠告にも耳を傾けることなく、違法薬物の使用を続けており、覚せい剤に対する依存性、親和性も軽視できず、その規範意識も希薄であったことがうかがわれ、被告人の刑責を軽く見ることはできない。
 他方、被告人が本件犯行を認めて真摯に反省し、今後は、生活改善や専門病院での治療も含め、覚せい剤との関係を断ち切るためにあらゆる努力をする旨誓っていること、被告人の妻も、公判廷で被告人の更生への協力を惜しまない旨誓約していること、これまで真面目に家業に従事し家族を養育してきたものであり、前科前歴もないことなど、被告人のために酌むべき諸事情があるので、今回は被告人に社会内で更生する機会を与えるのが相当であるから、主文のとおり刑を量定した。
*****

ところで、「情状」というと、本人の良い性格(まじめであるとか)を訴えることに目が行きがちですが、私たち弁護人が重視するのは、「犯罪後の情状」と呼ばれる部分です。
事件が発覚した後に、事後的ではあるけれど、弁償につとめたり、心からの謝罪を繰り返したりして、自分が引き起こした被害を償う努力をすることは、犯罪後の情状として、量刑に反映されるのです。

しかし、直接の被害者がいない薬物事件では、被害弁償や謝罪といった方法で贖罪の気持ちを表すことができません。
そこで、薬物事件の場合には、二度と薬物を使わない確かな決意を表すことで、犯罪後の情状に結びつけようと努めることになります。口先だけの反省とは異なる具体性や、そのためにすでに一歩踏み出していることなどにも触れ、被告人が社会内で更生できることを訴えるのです。

覚せい剤事件での情状、類型化されているようにみえて、意外と奥が深いものです。

保護観察とプログラム|覚せい剤からの離脱

K元選手の覚せい剤事件の判決が近づいて、ふたたびメディアの取材合戦が動き始めたようです。
先日行われた公判で、被告人のKさんが、国の更生プログラムを受けたいと発言したことから、国がやっている更生プログラムについて、いろんな方からご質問も寄せられているので、この点について簡単に説明しておきましょう。

●国の更生プログラムって何?
薬物依存のために覚せい剤使用を繰り返してしまう人がいるように、特定の犯罪的傾向を有する人たちに対して、保護観察での指導監督の一環として、その傾向を改善するための専門的処遇プログラムが行われています。現在では、性犯罪者処遇プログラム、覚せい剤事犯者処遇プログラム(簡易薬物検出検査と組み合わせて実施)、暴力防止プログラム及び飲酒運転防止プログラムの4種があり、それぞれ心理学の専門知識によって体系化された処遇が行われています。

覚せい剤事犯者処遇プログラムは、再発防止の具体的方法を習得するための教育課程と、簡易薬物検出検査が一体となっているもので、プログラムの受講を義務付けられた対象者は、定期的に保護観察所に出向いて、テキストブックを使った教育課程を受講し、その都度、簡易尿検査を受けます。
簡易尿検査は、覚せい剤の使用を摘発することが目的ではなく、使用をやめようとする意志を強化し、持続させることを目的として行われるものですが、簡易検査の結果、もしも陽性反応があった場合は、覚せい剤使用の疑いがあるとして警察署に出頭しなければならず、覚せい剤使用を思いとどまらせる強力な抑止力となっています。
プログラムについては、2009(平成21)年版犯罪白書に説明があります(下記参照①)

このプログラムは、2004年に、本人の自発的意思に基づく簡易尿検査としてスタートしたものですが、その後に改正された更生保護法によって、現在では、一定の条件を満たす保護観察対象者に、特別遵守事項として、覚せい剤事犯者処遇プログラムの受講が義務付けられています。

●どんな人がプログラムを受講するのか
覚せい剤事犯者処遇プログラムの対象になるのは、①仮釈放中に保護観察を受けている人たちと、②保護観察付執行猶予を言い渡された人たちです。
2014年中に、合計1270人が新たにこのプログラムを受講し始めましたが、その内訳は下表のとおりで、保護観察付執行猶予を言い渡された人のうち357人がプログラムを受講しています。
画像

↑専門的処遇プログラムによる処遇の開始人員(2010~2014年)
2015(平成27)年版犯罪白書より転載(下記参照②)

2014年に、覚せい剤取締法違反事件で裁判を受け、保護観察付執行猶予を言い渡された人数は439人ですから(下記参照③)、その約80%がこのプログラムの受講を義務付けられたことになります。現状では、保護観察付執行猶予を言い渡された人のうち、覚せい剤乱用傾向のある人のほとんどは、このプログラムを受講していると言ってよいでしょう。

とはいえ、そもそも執行猶予判決を言い渡されるうちの大多数が単純執行猶予であり、保護観察付執行猶予を言い渡されるのは、ごく一部に限られています。上表で示された357人というプログラム受講者は、2014年中に執行猶予判決を言い渡された人の10%にも満たない人数です。
<司法統計年報によると>
■2014年中に覚せい剤取締法違反で有罪判決を受けた人・・・9,528人(100%)
■そのうち、執行猶予判決を受けた人・・・・・・・・・・・ 3,686人(38.7%) 
 ・単純執行猶予・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3,247人
 ・保護観察付執行猶予・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 438人

さて、Kさんのケースに話を戻しましょう。
もしも、Kさんに対して、保護観察付執行猶予の判決が言い渡されたとするなら、Kさんは保護観察における特別遵守事項として、覚せい剤事犯者処遇プログラムを受講することを義務付けられる可能性がかなり高いと言えそうです。
しかし、果たしてこのケースに、保護観察付執行猶予の言い渡しがふさわしいでしょうか。

まず、一般に、保護観察付執行猶予は、単純執行猶予より一段厳しい処分であるという意味合いがありますが、Kさんの事件には、とくに一段階厳しい処分を考えるような要素はないと思います。
また、生活面での指導・援助という面から、保護観察が検討されることもあります。当事者の更生を支える周囲の監督体制などにいくらか不安があり、保護観察の制度を通じた指導監督が望まれるような場合です。
いっぽう、実務の上では、当事者の生活状況などから、保護観察の制度に適合するかどうかといった観点からも検討が加えられます。住居が定まらない、生活基盤があまりに不安定で長期的な処遇計画が困難、あるいは暴力団関係者などといった事情がある場合は、保護観察制度を通じた指導や援助に適合しにくく、実際に保護観察がつく事例は少ないように思います。Kさんのような有名人の場合もまた、その挙動が逐一注目されるという意味では、保護観察という仕組みに、適合しにくいと言えるかもしれません。

ところで、Kさんは先日の公判廷で、国のプログラムを受ける覚悟があると語ったそうですが、保護観察のなかで行われるプログラムに限定しなくても、自由意思で参加できるプログラムを備えた医療機関や、民間の団体などがいくらでもあります。画一的な国の制度と比べて選択の幅も広く、何よりも、義務として科される保護観察の場合と違い、自分の自由な意思で決めることができるのです。
執行猶予付判決を言い渡された後、生活再建と薬物離脱が本格的にスタートします。もう少し視野を広げて、道を探ってみてもいいのではないかという気がしています。

[参照]
①覚せい剤事犯者処遇プログラムについて
2009(平成21)年版 犯罪白書 第7編/第4章/第1節/1
http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/56/nfm/n_56_2_7_4_1_1.html
②専門的処遇プログラムによる処遇の開始人員(2010~2014年)
2015(平成27)年版 犯罪白書 第2編/第5章/第2節/2
http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/62/nfm/n62_2_2_5_2_2.html
③覚せい剤取締法違反での執行猶予の状況
2014(平成26)年度司法統計年報 刑事編 第34表
http://www.courts.go.jp/app/files/toukei/033/008033.pdf

覚せい剤密輸、日本南方の海上が何やら騒がしい

沖縄の那覇港に停泊していた外国籍のヨットから、約600キロという大量の覚せい剤が見つかり、台湾人の乗組員が逮捕されました。このヨットは、台湾から石垣島を経由して那覇港に入港、その後は鹿児島に向かう予定だったといいます。

<ニュースから>*****
●ヨットに覚醒剤600キロ 県内最大、末端420億円
第11管区海上保安本部と沖縄地区税関が、那覇市通堂町の那覇港那覇ふ頭に停泊中のマレーシア船籍のヨットから、覚醒剤約600キロを押収していたことが18日までに分かった。末端価格約420億円に相当する。捜査関係者によると一度に600キロの覚醒剤が摘発されるのは県内で過去最大とみられる。11管などは県内外で覚醒剤を販売しようとしていた可能性もあるとみて捜査している。
ヨットの台湾人乗組員6人は11日、麻薬ケタミンを共同所持していたとして麻薬及び向精神薬取締法違反で逮捕されていた。11管は覚醒剤の鑑定などを終え次第、覚せい剤取締法違反(営利目的所持)の疑いで再逮捕する方針(以下省略)。
2016年5月19日 10:09琉球新報
*****

今年2月には、鹿児島県の徳之島に、約100キロの覚せい剤が陸揚げされた事件が摘発されました。密輸グループは、複数の漁船を使って、東シナ海の公海上で外国から来た船と落合い、覚せい剤約100キロを受け取り、国内に輸入したとみられています。

近年はすっかり影をひそめていた、東シナ海を舞台にした、海上ルートでの大型覚せい剤密輸が、このところ動き始めているような気配です。密輸用に船舶を動かし、運搬人員を雇い、1回で数百キロの覚せい剤を運ぶという手口からして、このように組織的な大規模密輸を取り仕切るのは、香港系の密輸グループなどの組織でしょうか。
でも、こうした大型密輸では、日本側で覚せい剤を受け取り、運搬し、買受人の手に届ける人物やグループがいるはずです。上記の徳之島に約100キロが陸揚げされた事件では、神戸山口組系の暴力団幹部らが逮捕されています。今回の事件では、運搬グループが日本側の荷受役と接触する前に、船内の捜索で覚せい剤が発見されているので、捜査は手間取るかもしれませんが、荷受役をあぶりだす努力が続けられていることでしょう。

1990年代末から2000年代初頭にかけて、日本の港や周辺海域で、大型覚せい剤密輸の摘発が相次いだことがありました。この時期にもっぱら世間の耳目を集めていたのは、北朝鮮からの組織的な大量密輸事案の数々ですが、実はその陰で、中国系密輸グループが主導する、海上ルートによる日本への覚せい剤密輸も連綿と続いていたのです。

たとえば、2008年に北九州市の門司港に入港したシエラレオネ船籍の貨物船によって、約300キロの覚せい剤が密輸された事件の場合は、香港系の密輸組織による、大規模な密輸計画だったといいます。密輸組織の幹部は、国籍不明の外国人とシンガポール人、インドネシア人などで、 配下に東南アジアでの密造役、日本への運搬役、受け取り役などがいました。
逮捕されたインドネシア人の乗組員12人は、密輸船の乗組員として中国の密輸組織に雇われていました。密輸に使われたUNIVERSAL号は、西アフリカのシエラレオネ船籍の貨物船ですが、船主は香港の会社だといいます。
密輸のために雇われた船員たちは、リン鉱石を積み込んだ貨物船に乗り込んで、中国南部の港を出港。船員らは、密輸組織の指示役の指示を受けながら、香港沖の海上で別の船と落ち合って覚せい剤を受け取り、貨物船を日本まで航行させて、覚せい剤を運搬しました。

この組織は、同様の手口で日本への覚せい剤密輸を繰り返していたとみられています。日本側で覚せい剤を受け取り運送する実行責任者として逮捕された男性は、①2007年苅田港に陸揚げした覚せい剤約500キロの輸入、②2008年門司港に陸揚げした覚せい剤約298キロの輸入について有罪とされ、無期懲役及び罰金800万円を言い渡されました(福岡地方裁判所平成22年5月18日判決、覚せい剤取締法違反等被告事件)。

東シナ海を舞台にした大型覚せい剤密輸事件が、すっかり鳴りを潜めて10年近くたった今、この海域で何やら不穏な動きが目につき始めました。そういえば、最近の日本では、国内にかなり大量の覚せい剤が流通している模様で、末端での密売価格も、かつての大量供給時代に近づいています。
大量密輸の復活に、警戒しなければなりません。

覚せい剤<自白事件>のQ&A

K元選手の覚せい剤事件の第1回公判が近づいてきて、今度の公判での注目点などについて、そろそろ、問い合わせが寄せられるようになりました。
Kさんは、当初から覚せい剤の所持や使用について認め、反省の態度を表していると伝えられています。

このように、被告人が、起訴された犯罪事実を認めている事件を「自白事件」と呼び、犯罪事実について争いのある事件を「否認事件」と呼びます。実際の裁判では、審理される事件のほとんどが自白事件で、2014年では、全国の地方裁判所で審理された刑事事件の89%までが自白事件でした(平成26年度版司法統計年報・刑事編)。
しかし、自白事件では、被告人が犯罪を行ったことを認めているので、裁判の展開が注目を集めることが少なく、ともすれば、裁判の流れが形式的なものに思われるかもしれません。
覚せい剤<自白事件>の裁判について、要点をまとめてみましょう。

Q1 
覚せい剤の単純所持や使用、譲り受けといった事件で、被告人が犯罪事実を認めている場合、公判はどのように進行するのですか?
A1 
東京地方裁判所では、こうした事件では、たいてい、第1回公判で1時間程度の時間をかけて審理を終えて結審し、次回の期日で判決が言い渡されます。第1回公判の最後に、判決宣告の期日が決められますが、一般に、結審後1週間ほどです。
罪状が多岐にわたる場合や、被告人質問や情状証人の証言に時間がかかる場合など、第1回公判で結審せず、続行期日が開かれることもあります。

Q2 
公判では、どんな審理が行われるのですか?
A2 
第1回公判は、次のような流れで行われます。
■冒頭手続
これから誰のどのような行為について裁判をするのかが明らかにされます。
・人定質問
・起訴状朗読
・黙秘権の告知
・罪状認否
■検察官、弁護人の立証活動
検察官は被告人が有罪であることを証明するために、様々な証拠を用意し、証拠の取り調べを求めます。いっぽう、弁護人は、被告人側に立って書証や人証といった証拠を用意し、取り調べを求めます。自白事件では、弁護人は主に、被告人にとって有利な事情(情状)の立証に重点を置くことになります。
・冒頭陳述
・検察官の証拠調べ講求(検察官請求証拠に対する弁護人の意見は、同意となるのが普通です。)
・同意のあった検察官提出の証拠の取り調べ
以上が検察官立証段階です。以下は、被告人側の立証となります。
・弁護人の証拠調べ請求(これに対する検察官の意見も同意となるのが普通です。)
・同意のあった弁護人提出の証拠の取り調べ

■情状証人(通常の事件では、1人あたり15分程度)
■被告人質問(通常の事件では15分程度)
■検察官の論告・求刑
検察宮は、まとめとして起訴状記載の事実、冒頭陳述で述べた事実が証拠により充分に立証されたと主張します。これが「論告」です。
さらに検察官は、例えば「被告人を懲役2年に処するのを相当と思料します」というように検察官自身が適当と考える刑罰を明らかにします。これが「求刑」です。
■弁護人の最終弁論
弁護人は、証拠調べの結果を踏まえ、まとめを弁論というかたちで主張します。
■被告人の意見陳述
裁判官が最後に被告人に言いたいことがあれば言うように促し、被告人に話す機会が与えられます。「二度と覚せい剤には手を出しません」などと述べるのが普通です。

Q3 
冒頭手続で、なぜ「起訴状」を朗読するのですか?
A3 
検察官が「起訴状」を読み上げ、この裁判で、どのような行為について審判が行われるのかを明らかにします。「起訴状」には、被告人がいつ、どこで、どんなことを行い、それがどのような刑罰法規に触れるかということについて、検察官の主張が記載されています。
報道によると、Kさんは以下の内容で起訴されているということです。
・3月2日、東京都港区内の自宅で覚せい剤〇〇グラムを所持した
・2月1日ごろ、東京都港区内にあるホテル客室で覚せい剤を使用した
・平成27年9月1日ごろ、群馬県内のホテル客室で、知人から覚せい剤約1.2グラムを8万円で譲り受けた

Q4 
罪状認否とは何ですか?
A4 
裁判官は、被告人と弁護人に対して、起訴状に書かれた事実(公訴事実)に問違いがあるか、あるならどこが間違っているかを尋ねます。
自白事件では、被告人は公訴事実を認め、「間違いありません」といった意味の答えを述べます。

Q5 
「情状」とはどんなことですか
A5 
刑事裁判では、量刑判断に影響を及ぼす諸事情のことを「情状」と呼びますが、被告人に有利なものも、不利なものもあります。自白事件では、被告人にとって有利な情状を主張することが、弁護の重要なポイントになります。
覚せい剤事件では、次のようなものがよく取り上げられます。
・犯行態様・・・常習性、覚せい剤に対する親和性など
・犯罪に至る動機・・・同情すべき要素があるか、身勝手な理由から犯行に至ったのか
・前科の有無
・年齢、環境・・・更生可能性が高い若年であること、安定した仕事や家庭があることなどは被告人に有利な事情
・反省しているかどうか
・再犯を防ぐ具体的な対策があることは、被告人にとってきわめて有力な情状になる

Q6
「情状証人」にふさわしいのはどんな人ですか?
A6 
私は、覚せい剤の自白事件では、被告人の今後の更生を指導・監督する立場の方に「情状証人」になっていただき、今後の監督などについて法廷で証言していただくようお願いしています。
情状証人として最も適切なのは、被告人の日常生活に細かく目を配ることができる家族ですが、仕事関係の上司、公私ともに親しい友人などにお願いすることもあります。また、複数の証人が力を合せて支える体制を用意していただくケースもあります。ただし、両親の双方を請求したような場合には、裁判官から一方だけでは足りませんか(立証の内容が重複していません)と聞かれたこともあります。

Q7
「情状証人」は必ず法廷に出なければならないのですか?
A7 
刑事裁判は口頭主義を原則にしているため、証人は、法廷で直接証言することが求められます。
しかし、遠方に住んでいる、仕事で時間が取れないなどの事情で、どうしても法廷に出ることができない場合は、法定での証言に代えて、書面で証人の考えを述べていただくこともあります。
また、有名人の事件では、情状証人として出廷する人に過度に注目が寄せられることもあるため、証人として出廷することにためらう方もあるでしょう。こうした場合にも、書面で陳述する方法を選択することもあります。