医療用大麻について

少し前のことですが、医療用大麻の解禁を訴えていた元女優が大麻所持で逮捕され、ひとしきり医療用大麻が話題になっていたころ、私はちょうど入退院を繰り返していたため、多くの問合せをいただきながら、対応できずにいました。
ようやく私の体調も落ち着き、しばらく遠ざかっていた世間の話題に目を通している今も、ボツボツと「医療用大麻ってなんですか?」といった声が寄せられます。

遅くなりましたが、ここで、医療用大麻についてまとめを掲載しておこうと思います。
ここで取り上げる話題の多くは、すでに、当ブログで語ってきたことですが、折々のテーマの中に埋没してしまったので、あらためてまとめてみます。

医療用大麻とは何か
 医療用大麻の運動は、1970年代の米国で始まり、今日では、28州とワシントンDCでは医療用大麻制度として導入されているものです。
 米国の連邦法では、大麻はスケジュールⅠ薬物に分類されていて、医療用の目的が全く認められていないのですが、医師の監督下で特定の病気の患者や介護者が、病気治療のために大麻を取り扱った場合に、違法として刑事処分を受けないとするのが、医療用大麻制度です。
 最近では、この制度の亜流として、大麻の成分のなかでも、酩酊をもたらすTHCの含有が少なく、神経系の鎮静作用に優れているといわれるCBD(カンナビジオール)を豊富に含む製品に限って、医療用として認めるというものも現れています。

1、医薬品としての大麻
 長年使われてきた薬用の動植物から、薬効成分を抽出し、その化学構造を解明する技術が大きく進化したのは、19世紀半ば以降です。19世紀ころまでの医療では、エキス、チンキといった形で、薬用植物の成分を濃縮した製剤が、様々な症状の治療に用いられてきました。医師たちも、薬用あへんの濃縮液つまりあへんエキスやあへんチンキ、大麻の成分を濃縮したインド大麻エキスやインド大麻チンキ、といった製剤を使っていたのです。
 なお、このころの医学界では、薬用に用いる大麻を「インド大麻」と呼んでいます。当時は、繊維や種子を採取するために、大麻草の栽培が世界中で広く行われていましたが、ヨーロッパや日本など温帯から寒冷地にかけての気候では、屋外で栽培する大麻草が分泌する樹脂成分は少なく、大麻草から抽出される薬効成分はわずかです。いっぽう、熱帯地域で生育する大麻草は、豊富な樹脂成分を分泌し、多量の薬効成分を含むため、医療用に用いるのに適しています。当時の人たちは、熱帯地方で生育する大麻草を「インド大麻」と呼び、自分たちの生活圏で栽培される大麻草とは別種のものと考えていたようです。

 1896(明治29)年、最初の日本薬局方が編纂されたとき、その参考にしたのは、当時のヨーロッパの医学、薬学だったことから、日本薬局方には、薬用植物の粉末、エキスやチンキといった製剤が多数取り上げられていて、その中には「印度大麻越幾斯(インド大麻エキス)」も含まれていました。
 私が確認できた最も古い資料は、1891(明治24)年の改定日本薬局方 ですが、そこに収載された説明は、次のようなものです。原文は漢字とカタカナの表記ですが、カタカナをひらがなに、旧字を現代の文字に改めています。(出典:三上春豊編『改正日本薬局方』明治24.5、国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収蔵)

 [印度大麻草]
 Herba Cannabis Indicae.  Cannabis sativa Linn.
印度大麻草は印度北部に於て其果実稔熟の初期に当り採集せる帯花枝尖にして多くは雌性なり其分葉は狭く鈹鍼状をなし粗き鋸歯を有し両端に向て殊に狭隘となり間樹脂様の物質に由て穂本に粘着す臭気は峻烈麻酔性味は微に苛辣なり
本品は緑色なるを可とす又茎並に果実を混有するも僅微に過く可からす
注意して貯ふへし (同書169-170頁)
[印度大麻越幾斯]
Extractum Cannabis indicae.
印度大麻越幾斯は
印度大麻草粗末        一分
を取り
酒精               五分
を注き六日間冷浸し濾漉し又其残滓に
酒精               五分
を注き三日間冷浸し濾漉し漉液を合し濾過し蒸発して●(のぎへんに周)厚越幾斯とな し製すへし
本品は黒緑色にして酒精には澄明に溶解し水には溶解せす
注意して貯ふへし (同書119-120頁)

 さて、かつては医薬品として重要な地位を占めていた薬効植物の濃縮液、エキスやチンキといった製剤ですが、19世紀初頭にあへんからモルヒネが単離されたのを端緒に、製薬技術がめざましい進歩を遂げるとともに、より安定した効果を得ることのできる今日のような医薬品に置き換えられていき、今日では、医療の場であまりみかけなくなっています。現在では、あへんから生まれるモルヒネ、コデイン、テバインといったオピオイド系の医薬品は鎮痛薬や風邪薬まで幅広く使われ、また、コカの葉からとれるコカイン塩酸塩も、局所麻酔薬として使われています。

 いっぽう、大麻の薬理成分に関しては研究が遅れ、最も重要な成分であるデルタ9-THCの単離に成功したのは20世紀半ばになってからです。その後、大麻に含まれる成分(カンナビノイド)が次々と解明され、主要なものだけで60種を超えるカンナビノイドが明らかになっています。
 近年では、カンナビノイドに関する研究が急速に進み、大麻からの抽出成分や、カンナビノイドに類似した合成薬を用いた医薬品の開発も進められていますが、オピオイド類などと比べて研究の歴史がまだ浅いことから、医薬品としての信頼性や完成度をどう評価するかについて、医学・薬学会での論調は必ずしも固まっているとはいえません。現時点では、このギャップが、医療用大麻をめぐる重要な争点になっているのです。

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