2004年のMDMA密輸事件、犯罪人引渡で元米兵が日本へ

名前だけは聞いていたけれど、これまで特に注意を払ったことのない犯罪人引渡条約。日本と米国の間で締結されているこの条約によって、麻薬密輸事件の米国人被疑者が日本に引き渡されるそうです。

<ニュースから>*****
元米兵、日本に引き渡しへ 犯罪人条約で初、麻薬容疑
米軍の「軍事郵便」を使って末端価格で約2億円相当の合成麻薬などを米海軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)に密輸したとして、神奈川県警が国際指名手配していた元米兵の男(31)の身柄が、日米犯罪人引渡条約に基づき近く米国から日本側に引き渡されることが23日、県警への取材で分かった。
警察庁によると1980年に発効した同条約で、米国人の身柄が日本側に引き渡されるのは初めて。県警は引き渡し後、麻薬取締法違反と覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕する方針。
47NEWS【共同通信】2013/07/23 11:50
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密輸事件が発覚したのは、今から9年前の2004年7月のこと、密輸されたのは、MDMA約3万錠と、覚せい剤・MDMAなどの混合錠剤約2万錠でした。
別な報道記事によると、神奈川県警は共犯者の元軍属など2名を翌月逮捕したものの、元米兵は米国に帰国していたため、県警が逮捕状を取って国際指名手配したといいます。元米兵は、2009年にフロリダで所在が確認され、日本政府の要請に基づいて米司法当局が身柄を拘束していた、と伝えられています。(日本経済新聞2013/7/23 )

密輸事件の摘発から9年、国際指名手配によって米国内で身柄が確保されてから4年、犯罪人引渡条約による引き渡しとは、ずいぶん時間のかかるものなのですね。米国内での裁判や刑の執行など、待つべき事情でもあったのでしょうか。
犯罪者の活動がグローバル化している現代社会で、刑事司法の国際連携は、まだまだ手探り状態のようです。

ところで、2004(平成16)年といえば、わが国に密輸されるMDMAが急増していた時期です。
当時の警察白書によると、2004年中のMDMA等合成麻薬事犯の検挙件数は833件、検挙人員は417人。同白書に、「特に、20歳代を中心とした若年層への乱用の拡大が顕著であった。」とあるように、都市部の若者を中心に、新しいドラッグとしてMDMA錠剤が急速に広まっていました。
画像

↑平成18年版警察白書、159ページより

このころの私は、運び屋による大量MDMA密輸事件から、若者の乱用事件まで、多数のMDMA事件を手がけていたものです。
カラフルな錠剤、表面には見慣れたブランドのロゴマークが刻印され、いかにも無害そうに見えるこの新型薬物が、若者たちの身近に供給されている実態に触れて、薬物乱用の新時代が幕を開けた、と私は感じていました。幸運にも、その後MDMAの国際流通が減少したため、わが国への流入量も次第に減少し、危惧された乱用の拡大も、現在では歯止めがかかっていますが。
しかし、あの時期に感じた新しい潮流は、現在では、脱法ドラッグという形で押し寄せています。新時代の薬物は、いつの時代も、いかにも無害そうなイメージで若者の身近に迫っているのだと、つくづく感じます。

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