中国の薬物法制―厳罰主義に至る過程

薬物犯罪に対する死刑について続けます。
現在の中国では、刑法の規定によって薬物犯罪者に対して死刑を科すことが定められています。巷説でいわれるように、薬物犯罪者、とくに末端の薬物使用者に対して、死刑を含む厳罰で対処するようになった源は、あへん戦争の時期に制定された清朝のあへん禁止法令にさかのぼることができます。しかし、あへん戦争の時代から今日まで、一貫して同じ制度が続いていたわけではなく、過去のあへん問題が一度は解決し、刑罰規定もごく軽いものになった後、近年になって、改めて薬物犯罪に対する最高刑として死刑を導入したのが、現在の麻薬禁止と刑罰の規定なのです。
見方を少し変えるなら、中国もまた、1980年代の麻薬拡大の流れに対応して、薬物犯罪に対して死刑を導入した国のひとつといえるでしょう。

●清朝のあへん禁令
清朝政府は1729年、あへん禁止令を公布し、あへん販売やあへん窟経営などに対して、流刑などの刑罰を科すことを定めました。これは、刑罰をもって麻薬を禁止した法令としては、おそらく世界で最初のものですが、当時はまだ中国に流入するあへんの量は少なく、あへん吸食の習慣は東南沿岸地方に限られていた時期であり、清朝の取り組みはいまだ初期段階にありました。その後、事態が深刻さを加えるにつれて、あへんの販売、運搬、栽培などに対する禁止令が出され、1813年には、官吏、兵士及び人民による鴉片吸食処罰の則例が公布されました。

●あへん吸食者に対する死刑
あへん吸食に対して死刑を科すよう定めたのは、1839年の「欽定厳禁鴉片煙條例」が最初で、ここでは、あへん吸食者に対して1年6か月の矯正(猶予)期間を設けたうえで死刑を科すなど、極めて厳しい制裁が定められました。
1839年は、林則徐が英国商人のあへんを没収し、虎門で焼却処分(化学処理による廃棄処分)し、あへん戦争の引き金を引いた年に当ります。それまで度々出された禁令によってもあへん流入は止まらず、引き換えに大量の銀が流出して、ますます国家財政が悪化するなかで、問題解決のためには、あへん吸食者を死刑にすべきだという意見が宮廷に上奏され、採用されたのです。当時の清朝政府では、あへん対策のあり方をめぐって激論が交わされたといいますが、死刑論を支持したなかには、林則徐もいました。
ここで、薬物使用者に対する厳正処罰という、東洋風のあへん対策の原型ができあがったことになります。さらに、20世紀初頭、1907年に制定された刑法典「清新刑律」では第21章にあへん罪を規定し、厳罰主義が引き継がれます。
余談になりますが、明治新政府を樹立したばかりの日本が、1870(明治3)年に制定した「販売鴉片烟律」は、この時期の清朝の刑律に習ったものだと思われますが、そこでは、あへん煙を売買した主犯者には斬首刑、他人にあへん煙を吸食させた主犯者に対しては絞首刑などの過酷なまでの厳罰が規定されています。なお、わが国では、1880(明治13)年の旧刑法制定時にこの刑罰の厳しさは調整され、阿片煙に関する罪では、法定刑に死罪がなくなり、懲役刑になりました。

●国民党、解放軍の時代
さて、視点を中国に戻します。20世紀にはいり、中国は政治的な混乱を深めるとともに、あへん吸食がますます拡大し、さらにこの時期には、あへん煙膏に加えてヘロインなどの使用も拡大し、問題はさらに深刻になっていきます。また、あへんやヘロインは日本帝国支配の象徴でもあったため、国民党、解放軍ともに厳しい禁煙(あへん煙禁止)政策を掲げました。当時の国民党政府(蔣介石の南京国民政府)、解放区革命根拠地政府ともに、あへんまたは薬物禁止規定を含む刑事法を制定しています。

●中華人民共和国の刑法では
1949年に誕生した中華人民共和国は、あへんやヘロインの問題を重視し、一連の薬物禁止の通達命令を発布し、薬物犯罪の取り締まりを強力に推進します。これら通達命令には、罰則規定がふくまれていなかったといいますが、行政措置規定により、麻薬の製造、原料植物の栽培、運搬、販売、薬物使用の再犯などに対して死刑が科されていたようです。西欧の文献には、麻薬取引組織を徹底検挙して死刑に処し、多数の中毒者を矯正施設に送り込むことによって、中国は麻薬問題に対処したと評するものもありますが、徹底した啓蒙活動と厳しい取締りによって、1980年ころには、中国国内では麻薬問題は一応の沈静化に至ったといいます。
1979年、中華人民共和国が最初に制定した刑法では、薬物犯罪に対する規定はごく簡単なもので、法定刑は5年以下の懲役(罰金併科)、一貫大量事犯に対しては5年以上の有期懲役(財産没収併科)というものでした。
ところが、その後急速に中国の薬物問題が悪化し始めます。前記事で触れたように、1980~1990年代に、香港や中国系の薬物組織の活動が活発化し、香港は世界の薬物取引のハブ基地になり、また、国内での麻薬密造も増加し始めます。
こうした薬物問題の拡大に対処するために、1982年「経済的破壊が重大な犯罪者を厳罰に処すことに関する決定」によって刑法の薬物販売罪の処罰規定が改正され、「情状が特に重大なときは、10年以上の有期懲役、無期懲役または死刑に処し、財産没収を併科することができる。」となり、薬物販売罪に対して死刑が導入されました。
また1990年には、「麻薬禁止に関する決定」が採択されました。これは、麻薬の範囲を拡大し、薬物犯罪の罪名を体系的に規定するなど、1979年刑法を大幅に拡充・補正するものですが、ここで、一定量以上のアヘン・ヘロイン・モルヒネ等の製造・販売・運搬などに対して、最高刑を死刑とすることが規定されています。
1997年、刑法の大幅な改正が行われましたが、「麻薬禁止に関する決定」は、ほぼそのまま改正刑法に引き継がれています。

[参照資料]
この記事は、以下の資料を参照してまとめたものです。
①井上裕正『清代アヘン政策史』京都大学学術出版会、2004年
②石川正興編『薬物犯罪の現状と対応-第4回日中犯罪学学術シンポジウム報告書』社会安全研究財団、2011年 
③西原春夫編『中国刑事法の形成と特色』成分堂、1999年

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