紛争と薬物と死刑―ゴールデン・トライアングルの場合

前回の記事に続いて、薬物犯罪に対する死刑の導入について。
地域の政情不安にからんで、薬物の生産や流通が大きな不安定要因になり、薬物の流通を抑止するために極刑が導入される・・・その具体的な経過をゴールデン・トライアングルのケースで、検討してみることにします。ミャンマー、タイ、ラオスの国境をまたぐ山岳地域、いわゆるゴールデン・トライアングルは、つい10年ほど前まで、世界最大のあへん生産地として知られていた地帯です。

この地域のあへん生産の歴史は、6世紀にまでさかのぼるといいます。山岳地帯で暮らす少数民族にとって、やせた土地でけしを栽培して生産するあへんは、貴重な現金収入を得る手段であり、生きていくための作物だったといえるでしょう。
中国で大規模なあへん禍が広まっていた20世紀初頭、中国国内で生産されたあへんの総量は35,000トン(1906年)、現在の世界の総生産量の3倍超という膨大な量ですが、その半分以上が四川省、雲南省で生産されていました。生産地は次第に南方に拡大し、当時の英領ビルマ(現ミャンマー)、仏領インドシナ(現ラオス、ベトナム)、タイをまたぐ広大な地域で、主に、山岳地帯に住む少数民族によって大量のけしが栽培され、あへんが生産されるようになりました。この地域が、やがてゴールデン・トライアングルと呼ばれるようになるわけです。
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↑2007年でのけし栽培地域
UNODC下記[2]資料7ページより転載

■ 第二次大戦後~
第二次大戦がおさまった直後から、中国共産党は国内でのあへん生産を厳しく取り締まり始め、雲南省側でのけし栽培が大幅に減少したにもかかわらず、ゴールデン・トライアングルでのけし栽培は逆に増加したといわれます。1950年代から、東南アジア全域でのけし栽培禁止が進展したことから、不正あへん取引に大きな利潤が伴うようになり、薬物取引集団の活動が活発化したのです。
ビルマ(現ミャンマー)のシャン州では、この地域に流入して土着化した中国国民党の残党が、少数民族の独立を掲げて結成したモン・タイ軍や、ビルマ共産党などの軍事集団が、組織的にあへんの輸送や取引に関与したことも、あへんの増産につながったといわれます。

■冷戦時代から1970年代
1960~70年代、大メコン圏では民族の独立と政治的な混乱が続きました。1960年代初頭から始まったベトナム戦争、同じころビルマ(現ミャンマー)ではクーデター、1970年代に入るとカンボジアでクーデター、米国のラオス侵攻、1975年のサイゴン陥落、同年ラオス共和国の誕生、そして1976年にポルポト政権がカンボジアを掌握・・・。
この混乱の陰で、ゴールデン・トライアングル産あへんは、反政府武装集団の軍資金として、あるいは大国が展開する諜報活動の秘密資金として使われ、取引量が増加していきました。たとえば、上記のモン・タイ軍は米国の支援を受けており、またベトナム戦争でCIAが秘密工作に使ったエア・アメリカは、あへんの輸送もしていたといわれます。1971年、ゴールデン・トライアングルが産出したあへんは約700トンと推定されています。
ゴールデン・トライアングルから供給されるあへんを軸に、軍事組織や諜報機関が暗躍し、東南アジア一帯が極度に不安定化していくのに対応して、各国の麻薬取締は厳しさを増し、薬物犯罪に対する死刑の導入が相次ぎます。当時、この一帯の諸国にとって、薬物は単に国民の健康を害するだけでなく、社会基盤を崩壊させる危険な存在でもあったのです。
・1961年、タイはヘロイン取引に対して死刑を導入
・1974年、ミャンマーは死刑を規定した麻薬法を制定
・1975年、マレーシアおよびシンガポールで、絶対的死刑を導入
・1979年、タイは絶対的死刑を規定する麻薬法を制定
・1982年、ブルネイは薬物犯罪に死刑を導入

■1980年代以降の大増産
1980年代にはいり、大メコン圏の政情が安定し始めるとともに、ゴールデン・トライアングルのけし耕作は急拡大していきます。一説によると、これは、1970年代に米国の主導でトルコの不法けし栽培が削減され、地中海系マフィアによるヘロイン取引が減少したことの余波だといいます。米国で消費されるヘロインの供給ルートとして浮上したのが香港系薬物組織で、その原料としてゴールデン・トライアングル産あへんが使われたのです。また、1960~70年代に大メコン圏に出兵した米兵が、本土に帰還後、アジア産ヘロインを使う習慣を広げたという指摘もあります。
この時期には、ゴールデン・トライアングルで生産されたあへんは、ヘロインに加工され、米国やヨーロッパまで密輸され、世界を席巻していました。1988年、ゴールデン・トライアングルが産出したあへんは、約2,956 トンと推定されています。
東南アジア諸国は、国内のヘロイン禍と戦うと同時に、中継密輸基地として薬物犯罪組織の活動に巻き込まれ始めます。各国は、薬物密輸への取締りを強化し、また、薬物犯罪を抑止するために犯罪者に対して頻繁に死刑を宣告し、執行するようになっていきました。

なお、2000年ころからゴールデン・トライアングルでは代替作物への転換政策などが進み、けし栽培が目に見えて減少し始めますが、それにともなって、アフガニスタンでのあへん生産の増加、シャン州でのメタンフェタミン密造などまた新たな問題が浮上してきます。これについては、別項であらためて述べます。

この記事は、下記の各資料を参照してまとめたものです。ただし、あへんの生産量や、各国での死刑導入の年代など、資料によって記載内容にいくらか差異があるため、部分的に他の資料によって補正したものもあります。

[ゴールデン・トライアングルとけし栽培に関する資料]
① UNODC, Opium Poppy Cultivation in the Golden Triangle:Lao PDR, Myanmar, Thailand, 2006
http://www.unodc.org/pdf/research/Golden_triangle_2006.pdf
②UNODC, Mainstreaming Alternative Development in Thailand, Lao PDR and Myanmar:A Process of Learning, 2007
http://www.unodc.org/documents/laopdr/COLAO/Mainstreaming_AD_web.pdf
③ Alfred W. McCoy, Opium History Up To 1858 A.D.
http://opioids.com/opium/history/index.html

[薬物犯罪に対する死刑の現状に関する資料]
① The International Harm Reduction Association(IHRA), The Death Penalty for Drug Offences:Global Overview 2011, 2011
http://www.ihra.net/contents/1081
②William Schabas, The Death Penalty and Drug Offences, 2010
http://www.humanrightsanddrugs.org/wp-content/uploads/2010/10/Prof-Schabas-Death-Penalty-for-Drug-Offences-Oct-2010-EN.pdf
② Amnesty International, Document - The death penalty: No solution to illicit drugs, 1995
http://www.amnesty.org/en/library/asset/ACT51/002/1995/en/ab550293-eb32-11dd-92ac-295bdf97101f/act510021995en.pdf

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