アジアの薬物極刑ベルト地帯

●薬物犯罪に対する死刑の導入は1980年代に増加
ヨーロッパ各国では、1970年代から、死刑制度の存廃をめぐって国民的な議論が高まり、死刑廃止を定めた欧州人権条約の第6議定書が1985年に発効し、死刑廃止は国際社会を広く巻き込む大きな流れになっていきました。ところが同じころ、アジアの一部地域では、薬物犯罪に対しても死刑を適用するよう、死刑の適用を拡大する動きが進んでいたのです。

第二次大戦の終戦当時の世界で、薬物犯罪に対して死刑を定めていたのは、中華人民共和国だけで、戦争時の非常措置法制の中での規定として、麻薬の製造、原料植物の栽培、運搬、販売、薬物使用の再犯などに対して死刑が定められていました。
その後1970年代までは、薬物犯罪に対して死刑を導入した国は数か国にとどまっていますが、1979年には10か国に増加しました。この流れが加速したのは1980年代以降のことで、薬物犯罪に対して死刑を科す国は1985年には22か国となり、2000年までに36か国に達しました[1]。その後、フィリピンなど死刑制度を廃止した国もあり、現在では、薬物犯罪に対して最高刑を死刑と定めている国は32か国となっています。(さらに事実上の死刑廃止国を差し引くと27か国です。)[2]。

[薬物犯罪に対する最高刑を死刑とする国(2011年)] 
[◎]中国、[◎]イラン、[◎]サウジアラビア、[◎]ベトナム、[◎]マレーシア、[◎]シンガポール、[○]インドネシア、[○]クェート、[○]タイ、[○]パキスタン、[○]エジプト、[○]イエメン、[○]シリア、[○]台湾、[△]オマーン、[△]カタール、[△]アラブ首長国連邦、[△]インド、[△]アメリカ合衆国、[△]ガザ、[△]バングラディシュ、[△]ミャンマー、[△]ラオス、[△]韓国、[△]スリランカ、[△]ブルネイ、[△]キューバ、[?]北朝鮮、[?]リビア、[?]スーダン、[?]イラク
*死刑の執行・宣告の頻度が高い順に表示、マークは執行・宣告の頻度を示すもので、[◎]は高頻度に執行・宣告が行われている国、[○]は中頻度、[△]は法律規定はあるが実際に適用されることがほとんどない国(事実上の死刑廃止国を含む)、[?]は執行・宣告の状況が不明の国。[2]
画像

↑世界の麻薬生産地
画像はウィキメディア・コモンズから転載

さて、これら32か国のほとんどがアジアに分布し、西アジアから極東までの地域をほぼ横断していることにお気づきでしょうか。この広大な地域を仮に「アジアの薬物極刑ベルト地帯」と名づけておきましょう。その中心となっているのは、あへん(ヘロイン)の2大産地といわれる「黄金の三角地帯」、「黄金の三日月地帯」なのです。
「黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル)」とは、ミャンマー、タイ、ラオスの国境をまたぐ山岳地域で、1970年代から1990年代ころには世界最大のあへん生産地であり、最盛期には年間1500トンを超えるあへんが生産されていました。また「黄金の三日月地帯(ゴールデン・クレセント)」と呼ばれるのは、パキスタン、アフガニスタン、イランの国境が交わる地域で、1990年代終盤からあへん生産量が急増し、現在では世界最大のあへん生産地域になっています。最盛期の2007年では、アフガニスタンのあへん生産量は8200トンに達したと推定されています。[3]
「アジアの薬物極刑ベルト地帯」の諸国が薬物犯罪に対して死刑を導入する直接の要因となったのは、こうした麻薬生産地から周辺国へ運ばれる大量の麻薬であったといえるでしょう。

もうひとつ、「アジアの薬物極刑ベルト地帯」の形成に大きく関係しているのが、政治的不安定という要素です。この地域の各国で薬物犯罪に死刑が導入された1970年代から2000年という時期は、インドシナ情勢、アフガン情勢が極めて不安定であった時期に当ります。戦争や地域紛争が、いっぽうでは麻薬生産や麻薬取引を加速してアングラマネーを生み出し、他方では、法や秩序の基盤を弱らせるなかで、当時の政権が麻薬をコントロールする手段として死刑の導入を急いだという構図も、すんなり理解できる気がします。
1980年代から広まった「薬物との戦い」の流れが、厳罰化を後押ししたことも否定できません。不安定化したアジアでは、本物の戦闘と同時に、「薬物との戦い」もかなり極端な形で進行していたのです。

[出典]
[1] William Schabas, The Death Penalty and Drug Offences, Oct.2010
[2] International Harm Reduction Association, The Death Penalty for Drug Offences―Global Overview 2011, 2011
[3]UNODC, World Drug Report 2011, Jun.2011

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この記事へのコメント

ぽんきち(≧∇≦)
2011年12月21日 19:55
日本も死刑は駄目!ですか?外国人薬物犯罪者は理由の如何に関わらず国外追放すべし(`∇´ゞ
のら猫
2011年12月22日 12:09
お久しぶりです。元々渡しは死刑制度そのものに否定的なので、死刑の抑制効果などには、否定的です。ただし、薬物犯罪の中で、極く少量の私的所有およびその使用については、ほとんどの国で、拘束刑に直ちにつながる事は、日本以外にはそんなにありません。ただ営利として、薬物を販売したり、輸入したりする事について、かなり重い犯罪と認識されている事は世界共通と思います。しかし、いくつかの運び屋事件では、結構無罪判決があります。これは法的には、立証の難しい事件とも言えますが、簡単に言えば、濡れ衣もきせやすい事件でもあります。薬物はそんなに重くありません。バッグの中にこっそり入れる事も可能なのです。政情の不安定な国では、特にデッチアゲの犯罪も多いのではないでしょう。政治的な反対勢力に、刑事罰を与える、ないしはその疑いをきせるのは、もはや後進国だけではないのです。

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