警察と覚せい剤|覚せい剤問題の歴史10

5 警察と覚せい剤

ここで、警察が覚せい剤事犯の取り締まりに取り組むようになった経緯について、簡単にまとめておきたいと思います。そもそも、警察が薬物事犯の取締りに本格的に取り組むようになったのは、覚せい剤取締法が制定された1951(昭和26)年前後からのことなのです。

わが国は、明治以来、あへんに対する強い警戒意識をもち、きわめて厳しい禁止策をとってきました。幕末に西欧諸国との通商を開いた当時、中国(清)はあへん貿易を足ががりに西欧諸国の侵食を受けており、また東アジア一帯にあへん吸食が広まっていたことから、あへんを防ぐことは国を守る基盤のひとつとされてきました。そのため、明治政府が樹立されて早々にあへん禁止令が布告され、やがて制定された刑法には、あへん煙に関する罪が規定され、吸食者に対しても厳しい罰則が定められていました。しかし、明治から太平洋戦争の終戦までに、国内であへん煙膏の吸食が大規模な流行を引き起こしたという記録はありません。
また、日中戦争から太平洋戦争期には、日本軍が侵攻した地域を中心にあへん煙膏やモルヒネ、ヘロインなど様々な麻薬が出回り、その製造や輸出入、流通に少なからず日本の軍部や日本人が関与したとして、国際社会で強い非難を受けていましたが、日本の一般大衆にはこうした問題は外地での「あへん問題」や「モヒ問題」と受け取られており、国内問題として社会的な関心を集めることはありませんでした。昭和35年版犯罪白書は、終戦前の麻薬事犯取締の状況について、資料滅失のため正確に知るのは困難だとしたうえで「昭和6年から10年間の刑事統計によると、刑法の阿片煙に関する罪を犯したものが、この10年間に合計77件、阿片法違反の罪を犯したものがおなじく858件、内務省令たる麻薬取締規則違反の罪を犯したものがおなじく675件,総計1,610件とあり、しかも、それらは、いずれも、昭和7、8年を頂点としてしだいに減少し、とくに、昭和16年から終戦前までは急激な減少をみた[1]。 」と記載しています。戦前、戦時下の日本では、麻薬関連の犯罪はごく限られたものだったのです。

戦後、連合国軍の占領下に置かれた日本では、GHQ指令の下で行政機構改革が進められますが、世界の麻薬流通に影響を及ぼしてきた日本で、麻薬を統制下に置くことが喫緊の課題のひとつとされ、麻薬取締に専従する職員の設置が進められます[2] 。1946(昭和21)年4月に「麻薬統制官」が配置されて、翌年12月の旧麻薬取締法改正時には、司法警察官吏と同じ権限を持つ麻薬取締員が厚生大臣の下に置かれることが規定され、麻薬取締に専従する職員が明らかになりました[3] 。これが今日、厚生労働省の地方支分部局である地方厚生(支)局に設置されている麻薬取締部の始まりです。

さて、ヒロポンが深刻な社会問題になり始めて以降、厚生省は薬事法に基づいてその製造や流通を規制する方策を相次いで講じ、それに伴う取り締まりを厚生省の薬務行政の一部として行ってきましたが、その取り締まりを担当したのは薬事監視員であり、警察の助力も得ていましたが、当時、麻薬取締の中心を担っていた麻薬取締員(現在の麻薬取締官)は、密造ヒロポンの取締りに当ることはなかったのです [4]。なぜ麻薬取締員がこの任務に当らなかったのか、その理由について、説明しておくことが必要でしょう。
麻薬取締員(現在の麻薬取締官)は、当時、覚せい剤より重要度が高いとされていた麻薬の取り締まりに専従していたのです。公的な文書に、麻薬の取り締まりは「たんに一国だけの問題に止まらず、国際的な関連を持つものとして、従来からも厳重な取締が行われて[5] 」おり、また「元来、覚せい剤犯罪は、麻薬犯罪にくらべれば一般に犯情が軽く [6]」という記述があるように、麻薬問題と比較すれば、覚せい剤問題の重要度は明らかに下位に位置づけられていました。しかも、終戦とともに麻薬事犯の検挙数は急増し、麻薬取締員はその取り締まりに追われていたのです。こうした状況の下、1951(昭和26)年に覚せい剤取締法が制定されてその取締りの主力を警察が担うことになりますが、やがて、さらなる対策強化を求める世論に応える形で、1954(昭和29)年には、関係機関の総力を結集しての取り締まり強化へと向かうのです。
しかも、この当時の警察組織が、構造変化の大きな節目を迎えていたことも、無縁ではないでしょう。

出典と注釈
[1]昭和35年版犯罪白書 第一編/第二章/三
[2]占領軍週報1946年3月24日-30日には、日本が、薬事の専門家156人を麻薬取締に専従する職員とするよう計画していることが報告され、麻薬取締機関の設立準備が進行していると記載がある。GENERAL HEADQUARTERS SUPREME COMMANDER FOR THE ALLIED POWERS ,Public Health and Welfare Section, WEEKLY BULLETIN For Period 24 March to 30 March 1946,SECTION VII SUPPLY
[3]法律第二百三十八号(昭23・12・10)「麻薬取締法の一部を改正する法律」第52条
[4]昭和28年2月16日参議院厚生委員会で、慶松一郎政府委員(厚生省)は当時の覚せい剤取り締まりの実務について、「麻薬の取締官は・・・・・・麻薬だけの仕事をやつておりますので、覚醒剤につきましては、これはやつている次第ではございません」「覚醒剤につきましては、一般の薬事監視員或いは一般警察にこれを行なつてもらっている次第でございます。」と答弁している。
[5]昭和31年版 厚生白書 第二章/第二節/三
[6]昭和35年版 犯罪白書 第一編/第二章/三

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この記事へのコメント

ゆみ
2012年09月22日 09:36
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