ペルビチンの発売|覚せい剤問題の歴史2

3 メタンフェタミン製剤ぺルビチンの発売

ドイツでは、1938年にテムラー製薬会社がメタンフェタミン製剤のペルビチン(Pervitin)を発売し、ドイツ、英国、フランスで特許を取得して国際市場での供給を開始しました。これは、1錠中に3ミリグラムの塩酸メタンフェタミンを含有する錠剤で、パッケージには「興奮剤」と表示され、「眠気防止にために、必要なときに限り、1から2錠を服用する」と使用指示があります。
ペルビチンは、眠気をはらって集中力を高め、痛みを鎮める薬として歓迎され、たちまちベストセラー商品になりました。民生用のペルビチン消費量は、1941年には750万錠、1942年900万錠、1943年900万錠、1944年800万錠という高水準を維持していました。
さて、ここでとくに「民生用」と書いたことについて、説明しておく必要があるでしょう。実は、ペルビチンにはもうひとつ、「軍用」という大口需要があったのです。SPIEGELの記事(下記参照文献②)は、ドイツ帝国軍がペルビチンを採用したきっかけを作ったのは、ベルリン軍事医学アカデミーの一般及び防衛生理学部長であった軍医ランケだったとしています。ランケが注目したのは、メタンフェタミンには、人の集中力や自信を高め、危険に挑む意欲を増すとともに、苦痛や空腹、渇きなどの感覚を減らす作用があることでした。1939年9月には、90人の学生を被験者としてこの薬品の使用試験を行い、ポーランド侵攻作戦では陸軍の運転兵で実地試験が行われました。
やがてドイツ帝国軍は、大量のメタンフェタミン錠剤を軍用医薬品として使用し始めます。1940年4月から7月の4か月間に、ペルビチンとイソファン(別会社製のメタンフェタミン製剤)の2商品合計で3500万錠が空軍と陸軍に出荷されたといいます。また、メタンフェタミンは軍用食品にも加工され、「戦車用チョコレート」「パイロットの塩」などと呼ばれ、前線の兵士に支給されていたともいわれます。
ある軍医は、前線でのエピソードを次のように伝えています。1942年1月の深夜、敵軍に包囲された500人のドイツ軍兵士が、決死の脱出行を試みていました。気温は-30℃、腰までの雪に埋もれて6時間が経過したころ、すでに行軍する力さえ尽きようとしていた兵士たちに、メタンフェタミン製剤のPervitinが支給されました。およそ30分後、兵士たちは気力を取り戻し、猛然と行軍していたと軍医は記録しています。
しかし、軍と民間で大量に使われたメタンフェタミンは、その陰で覚せい剤依存者も生み出していったのです。
後に戦後ドイツ人で初のノーベル賞作家となったハインリッヒ・ボエル(heinrich boell、1917年−1985年)は、1939年当時、占領下のポーランド統治軍に配属されていましたが、ドイツの家族に書き送った手紙のなかで、何度も「ペルビチンをもっと送ってほしい」と書き送っています。この薬品を常用するユーザーには、薬効の持続時間が次第に短くなるなど依存の兆候がみられ、また、異常な発汗や循環器系障害などの副作用が報告され、わずかながら死亡例もあったと伝えられます。
やがて、専門家の間にはメタンフェタミンの副作用に対する問題意識が広がり、この薬品の販売を規制する動きが出始めます。「第三帝国の薬物政策」という論文(下記参照文献①)は、ドイツがメタンフェタミンの販売規制を強化していった経緯を次のようにまとめています。1939年11月、内務大臣はアンフェタミン製剤のベンゼドリン、及びメタンフェタミン製剤のペルビチンを販売する際に、医師の処方箋を提示するよう義務付ける警察令を出し、翌1941年6月にはあへん法の改正が行われ、ペルビチン、ベンゼドリンなどが規制薬物に追加されます。こうしておそらく世界で最初のATS製剤に対する販売規制が導入されたのですが、しかし、販売が禁止されたわけではありません。患者は、ペルビチンやベンゼドリンを購入する際には医師の処方箋を提示するよう求められ、長期にわたって処方が行われる場合には、その記録が当局へ送付されます。
軍でも、同様の管理強化が行われ、1941年、空軍はペルビチンをかぎのかかる場所に保管するよう指示を出します。しかし、民生用の場合と同様、その使用を中止することはありませんでした。戦局が終盤に向かうとともに、ドイツ帝国軍には年少の兵士が増え、彼らは、ますます薬物の作用に頼るようになっていったのです。

参照
この項は、主に次の2つの資料を参考にしてまとめました。
① Jonathan Lewy ,The Drug Policy of the Third Reich, Social History of Alcohol and Drugs, Vol.22, No 2 (Spring 2008)
② Andreas Ulrich, The Nazi Death Machine―Hitler's Drugged Soldiers,SPIGEL ONLINE INTERNATIONAL (05/06/2005)
http://www.spiegel.de/international/0,1518,354606,00.html

上記①の論文には多数の原注がありますが、そのほとんどがドイツ語の文献であり、私は原注の文献を確認していません。この論文を参照した箇所には、出典を明示すべきものも多いのですが、確認していないものを記載するわけにいかないので、出典を記載していません。

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