MDPV(アイボリー・ウェーブ)について|新ドラッグ警戒情報
欧米で、バスソルトと称して販売されている粉末状の脱法ドラッグが広まっています。商品名は「アイボリー・ウェーブIvory Wave」など。2009から2010年にかけてヨーロッパを中心に乱用が拡大したメフェドロンの後継品として、この新種ドラッグが、いまヨーロッパ、アメリカの脱法ドラッグ市場で広まり、さまざまな問題が起きています。
その成分はMDPVという、リタリンやコカインに類似した中枢神経刺激作用をもつ化合物です。この物質について、ボランティアのYさんが細かく調べてくれましたので、ここでお伝えしておきます。
1、MDPVの概要
MDPVは、麻薬のメチロンや指定薬物のbk-MBDBとよく似た化学構造で、強力な中枢神経刺激作用を持つ化合物です。
中枢神経に対するMDPVの作用は、神経伝達物質のドパミン、ノルエピネフリンの再取り込みを阻害し、脳内のドパミン量を増加させることによってもたらされ、低用量でリタリン類似、高用量でコカイン類似の作用を示します。
MDPVによる急性中毒としては、中枢神経に対する強い刺激作用がもたらす興奮や極度の不安、過量摂取による心臓発作などがあげられます。また慢性的な使用はドパミン神経の過剰反応からくる幻覚・妄想など精神病症状をもたらします。
法令名称:1-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-2-ピロリジン-1-イル)ペンタン-1-オン及びその塩類
化学名:2-(pyrrolidin-1-yl)-1-(3,4-methylenedioxyphenyl)pentan-1-one
通称:MDPV
指定薬物(2008年12月指定薬物指定公布、翌年1月施行)
ヨーロッパでは2005年ころから「試薬」として販売されていたと報告されていますが、最近「アイボリー・ウェーブ」などの商品名で「バスソルト」と称して販売されています。
日本では、2007年2月に露店で販売しているのが確認されています。
2、 物性・化学的性質
一般的な化学名は、1-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-(2-ピロリジン-1-イル)ペンタン-1-オン、となりますが、実はこれでは厳密には1物質に特定できません(「メチレンジオキシ」の部分にいくつかの解釈があり得ます)。
IUPAC名(国際的な化学名)は、1-(Benzo[d][1,3]dioxol-5-yl)-2-(pyrrolidin-1-yl)pentan-1-one (Wikipediaより引用)です。
慣用名はメチレンジオキシピロバレロンで、第3種向精神薬に指定されているピロバレロンのアナログ(類縁体)です。
ピロバレロンPyrovaleroneの名称ですが、かつての慣用名に、フェニルケトン類を-フェノンとするものがあり、例えば、カチノンは現在の言い方では"2-アミノ-1-フェニルプロパン-1-オン"ですが、法律(麻薬、麻薬原料植物、向精神薬及び麻薬向精神薬原料を指定する政令)では"2-アミノプロピオフェノン」となっています。簡単に言うと、ベンゼン環の隣にケト基(=O)がついたものを、主鎖の炭素数を表す慣用名+フェノンで呼んでいた訳です。
さらにややこしいことに、主鎖の炭化水素部分にも慣用名がありまして、例えば炭素数1,2,3,4,5のアルカン(飽和炭化水素)はメタン,エタン,プロパン,ブタン,ペンタンですが、これらから誘導されるカルボン酸(-CH3が-COOHに置換されたもの)は、それぞれギ酸,酢酸,プロピオン酸,酪酸,吉草酸となります。
そして、カチノンは主鎖炭素数が3なので「プロピオ」フェノン、ピロバレロンは5つなので吉草酸の英語名Valeric acidのvaleがとられて「バレロ」フェノンとなります。
次に、窒素を一つもつ飽和5員環、これはニコチンなどの構造中にも見られますが、ピロリジンpyrrolidineといいます。ここまででピロリジンバレロフェノン、略してピロバレロンです。(新型薬物の慣用名は、時としてロシア語などからとられていることさえあり、いろいろな言葉や成り立ちを知らないと、化学に詳しくても誤解したりします)
ピロバレロン自体は、4位(つまりピロリジンなどがついている側の対面:パラ位と呼ばれます)に、メチル基がついた構造ですが、ここが3,4-メチレンジオキシ基に置換されたものがMDPVです。
主に塩酸塩の形で売られていて、やや不快な臭いのある白い粉末です。不純物があると茶色くなります。
塩酸塩は水溶性で、238-239度で熱分解します。[文献1]
塩基性環境下では遊離し、いわゆるフリーベースを生成します。フリーベースは融点が低く常温では白色固体ですが融解すると黄褐色に変化します。
3、生物学的活性
MDPVは、構造的にはMDMAに類似していますが、作用は全く異なります。
MDMAがドパミン(以下DAと略)、ノルエピネフリン(以下NE)、そして特にセロトニン(医学では5-ヒドロキシトリプタミンと呼び5-HTと略)の放出を促進する作用(Serotonin-Norepinephrine:ノルアドレナリンの英名-Dopamine releasing agentを略してSNDRAといいます)があるのに対して、この物質は5-HTに対する作用をほとんど持たず、主にDAとNEの再取り込み阻害剤reuptake inhibitorとして働きます(NDRI)。モノアミン放出促進作用はありません。
一番近い作用を持つ物質が、リタリンで知られるメチルフェニデートですが、活性はこちらの方が遥かに強く、特にDAとNEに対する活性は麻薬コカインの20倍にも達します。[文献2]
この辺りは後の主観的活性、そしてデザイナードラッグを考える上で大切な構造活性相関structure activity relationship(SAR)にも絡んできます。
ピロバレロン類似物質のSARをまとめた論文もあります。[文献3] これは、MDPVの後に問題になったナフィロンとはなにか(これについても後ほどお話しできればと思います)、構造から主観的作用を予測する方法、などをも理解する助けになります。
4、使用[濫用(以下略)]法・主観的作用
この物質の使われ方、フリーベース、その他はコカインに非常によく似ているようです。非常に活性が強く、低容量でも作用します。
2.5mg-5mgの経口投与では、メチルフェニデート(リタリン)類似の軽度の覚醒作用、作業能率の向上、多弁などが見られます。副作用として、パニック発作や不安などが現れることもあり、作用は3-6時間ほど続きます。
より強い作用を得るために、塩酸塩からフリーベースを生成して喫煙する方法が用いられ、この場合わずか2mg(一般的に、覚せい剤で30mg、コカインで50-100mgとされます)の用量でも強い多幸感(いわゆるラッシュ)、万能感、性的高揚などをもたらしますが、耐性形成は非常に早く、やがて使用量は100倍ほどまで増えることさえあります。
薬が切れると、極度の渇望に襲われます。同じことを何度も繰り返したり(常同行動)、話し続ける、多動などの異常行動を招きます。
また、用量を過ると心臓発作を起こしたり、極度の不安に襲われ、慢性的な使用はドパミン神経の過剰反応からくる幻覚・妄想など精神病症状をもたらします。
一般に、脳内アミンの平衡において5-HTとDAは拮抗的に作用しますが、この物質は5-HTへの作動性がほとんどなくDAが強いため、非常に精神依存を来しやすいのです。(MDMAの依存性が覚せい剤ほど強くないのは、この平衡と関係があります)
一方、この副作用は覚せい剤やMDMAなどに見られる神経毒性を伴うものではないとされています[文献4]ですが、動物実験レベルなので正確なところは不明です。ただ、構造から推測するに、おそらく神経毒性を伴うことはないことは事実だと思われます(推測の根拠だけでも大変な量になってしまうので割愛します)。
[文献1] The Characterization of 3,4-Methylenedioxypyrovalerone (MDPV). U.S. DEA, Microgram Journal, Volume 7, Number 1 (March 2010):12-15.
[文献2] 違法ドラッグ生体影響試験の開発. 東京都健康安全研究センター研究年報 第60号 別刷 2009: Development of Assay Systems to Detect and Evaluate the Biological Effects of (Potentially) Illegal Drugs. S. Katako, et al: Ann. Rep. Tokyo Metr. Inst. Pub. Health, 60, 21-35, 2009.
[文献3] 1-(4-Methylphenyl)-2-pyrrolidin-1-yl-pentan-1-one (Pyrovalerone) analogs. A promising class of monoamine uptake inhibitors. Peter C Meltzer, et al. J Med Chem. 2006 February 23; 49(4): 1420–1432.
[文献4] マイクロダイアリシス法による中枢神経作用薬のスクリーニング -メチレンジオキシピロバレロン強制経口投与マウス線条体内ドーパミン量の経時的変化-. 東京都健康安全研究センター研究年報 第58号 別刷 2007: Microdialysis Study of Drug Effects on Central Nervous System - Changes of Dopamine Levels in Mice Striatum after Oral Administration of Methylenedioxypyrovalerone -. T. Fuwa, et al.
(Yさんの報告から)
その成分はMDPVという、リタリンやコカインに類似した中枢神経刺激作用をもつ化合物です。この物質について、ボランティアのYさんが細かく調べてくれましたので、ここでお伝えしておきます。
1、MDPVの概要
MDPVは、麻薬のメチロンや指定薬物のbk-MBDBとよく似た化学構造で、強力な中枢神経刺激作用を持つ化合物です。
中枢神経に対するMDPVの作用は、神経伝達物質のドパミン、ノルエピネフリンの再取り込みを阻害し、脳内のドパミン量を増加させることによってもたらされ、低用量でリタリン類似、高用量でコカイン類似の作用を示します。
MDPVによる急性中毒としては、中枢神経に対する強い刺激作用がもたらす興奮や極度の不安、過量摂取による心臓発作などがあげられます。また慢性的な使用はドパミン神経の過剰反応からくる幻覚・妄想など精神病症状をもたらします。
法令名称:1-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-2-ピロリジン-1-イル)ペンタン-1-オン及びその塩類
化学名:2-(pyrrolidin-1-yl)-1-(3,4-methylenedioxyphenyl)pentan-1-one
通称:MDPV
指定薬物(2008年12月指定薬物指定公布、翌年1月施行)
ヨーロッパでは2005年ころから「試薬」として販売されていたと報告されていますが、最近「アイボリー・ウェーブ」などの商品名で「バスソルト」と称して販売されています。
日本では、2007年2月に露店で販売しているのが確認されています。
2、 物性・化学的性質
一般的な化学名は、1-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-(2-ピロリジン-1-イル)ペンタン-1-オン、となりますが、実はこれでは厳密には1物質に特定できません(「メチレンジオキシ」の部分にいくつかの解釈があり得ます)。
IUPAC名(国際的な化学名)は、1-(Benzo[d][1,3]dioxol-5-yl)-2-(pyrrolidin-1-yl)pentan-1-one (Wikipediaより引用)です。
慣用名はメチレンジオキシピロバレロンで、第3種向精神薬に指定されているピロバレロンのアナログ(類縁体)です。
ピロバレロンPyrovaleroneの名称ですが、かつての慣用名に、フェニルケトン類を-フェノンとするものがあり、例えば、カチノンは現在の言い方では"2-アミノ-1-フェニルプロパン-1-オン"ですが、法律(麻薬、麻薬原料植物、向精神薬及び麻薬向精神薬原料を指定する政令)では"2-アミノプロピオフェノン」となっています。簡単に言うと、ベンゼン環の隣にケト基(=O)がついたものを、主鎖の炭素数を表す慣用名+フェノンで呼んでいた訳です。
さらにややこしいことに、主鎖の炭化水素部分にも慣用名がありまして、例えば炭素数1,2,3,4,5のアルカン(飽和炭化水素)はメタン,エタン,プロパン,ブタン,ペンタンですが、これらから誘導されるカルボン酸(-CH3が-COOHに置換されたもの)は、それぞれギ酸,酢酸,プロピオン酸,酪酸,吉草酸となります。
そして、カチノンは主鎖炭素数が3なので「プロピオ」フェノン、ピロバレロンは5つなので吉草酸の英語名Valeric acidのvaleがとられて「バレロ」フェノンとなります。
次に、窒素を一つもつ飽和5員環、これはニコチンなどの構造中にも見られますが、ピロリジンpyrrolidineといいます。ここまででピロリジンバレロフェノン、略してピロバレロンです。(新型薬物の慣用名は、時としてロシア語などからとられていることさえあり、いろいろな言葉や成り立ちを知らないと、化学に詳しくても誤解したりします)
ピロバレロン自体は、4位(つまりピロリジンなどがついている側の対面:パラ位と呼ばれます)に、メチル基がついた構造ですが、ここが3,4-メチレンジオキシ基に置換されたものがMDPVです。
主に塩酸塩の形で売られていて、やや不快な臭いのある白い粉末です。不純物があると茶色くなります。
塩酸塩は水溶性で、238-239度で熱分解します。[文献1]
塩基性環境下では遊離し、いわゆるフリーベースを生成します。フリーベースは融点が低く常温では白色固体ですが融解すると黄褐色に変化します。
3、生物学的活性
MDPVは、構造的にはMDMAに類似していますが、作用は全く異なります。
MDMAがドパミン(以下DAと略)、ノルエピネフリン(以下NE)、そして特にセロトニン(医学では5-ヒドロキシトリプタミンと呼び5-HTと略)の放出を促進する作用(Serotonin-Norepinephrine:ノルアドレナリンの英名-Dopamine releasing agentを略してSNDRAといいます)があるのに対して、この物質は5-HTに対する作用をほとんど持たず、主にDAとNEの再取り込み阻害剤reuptake inhibitorとして働きます(NDRI)。モノアミン放出促進作用はありません。
一番近い作用を持つ物質が、リタリンで知られるメチルフェニデートですが、活性はこちらの方が遥かに強く、特にDAとNEに対する活性は麻薬コカインの20倍にも達します。[文献2]
この辺りは後の主観的活性、そしてデザイナードラッグを考える上で大切な構造活性相関structure activity relationship(SAR)にも絡んできます。
ピロバレロン類似物質のSARをまとめた論文もあります。[文献3] これは、MDPVの後に問題になったナフィロンとはなにか(これについても後ほどお話しできればと思います)、構造から主観的作用を予測する方法、などをも理解する助けになります。
4、使用[濫用(以下略)]法・主観的作用
この物質の使われ方、フリーベース、その他はコカインに非常によく似ているようです。非常に活性が強く、低容量でも作用します。
2.5mg-5mgの経口投与では、メチルフェニデート(リタリン)類似の軽度の覚醒作用、作業能率の向上、多弁などが見られます。副作用として、パニック発作や不安などが現れることもあり、作用は3-6時間ほど続きます。
より強い作用を得るために、塩酸塩からフリーベースを生成して喫煙する方法が用いられ、この場合わずか2mg(一般的に、覚せい剤で30mg、コカインで50-100mgとされます)の用量でも強い多幸感(いわゆるラッシュ)、万能感、性的高揚などをもたらしますが、耐性形成は非常に早く、やがて使用量は100倍ほどまで増えることさえあります。
薬が切れると、極度の渇望に襲われます。同じことを何度も繰り返したり(常同行動)、話し続ける、多動などの異常行動を招きます。
また、用量を過ると心臓発作を起こしたり、極度の不安に襲われ、慢性的な使用はドパミン神経の過剰反応からくる幻覚・妄想など精神病症状をもたらします。
一般に、脳内アミンの平衡において5-HTとDAは拮抗的に作用しますが、この物質は5-HTへの作動性がほとんどなくDAが強いため、非常に精神依存を来しやすいのです。(MDMAの依存性が覚せい剤ほど強くないのは、この平衡と関係があります)
一方、この副作用は覚せい剤やMDMAなどに見られる神経毒性を伴うものではないとされています[文献4]ですが、動物実験レベルなので正確なところは不明です。ただ、構造から推測するに、おそらく神経毒性を伴うことはないことは事実だと思われます(推測の根拠だけでも大変な量になってしまうので割愛します)。
[文献1] The Characterization of 3,4-Methylenedioxypyrovalerone (MDPV). U.S. DEA, Microgram Journal, Volume 7, Number 1 (March 2010):12-15.
[文献2] 違法ドラッグ生体影響試験の開発. 東京都健康安全研究センター研究年報 第60号 別刷 2009: Development of Assay Systems to Detect and Evaluate the Biological Effects of (Potentially) Illegal Drugs. S. Katako, et al: Ann. Rep. Tokyo Metr. Inst. Pub. Health, 60, 21-35, 2009.
[文献3] 1-(4-Methylphenyl)-2-pyrrolidin-1-yl-pentan-1-one (Pyrovalerone) analogs. A promising class of monoamine uptake inhibitors. Peter C Meltzer, et al. J Med Chem. 2006 February 23; 49(4): 1420–1432.
[文献4] マイクロダイアリシス法による中枢神経作用薬のスクリーニング -メチレンジオキシピロバレロン強制経口投与マウス線条体内ドーパミン量の経時的変化-. 東京都健康安全研究センター研究年報 第58号 別刷 2007: Microdialysis Study of Drug Effects on Central Nervous System - Changes of Dopamine Levels in Mice Striatum after Oral Administration of Methylenedioxypyrovalerone -. T. Fuwa, et al.
(Yさんの報告から)
この記事へのコメント
わたしはいろいろなところに書き込んでまして、どうしても同じような文体になりがちで・・・
定型発達者ではないのですみませんが。
(石川県)
危険ドラッグを所持していたとして、元北陸朝日放送の社員の男が逮捕・起訴された事件で、警察は麻薬を密輸入した疑いで男を再逮捕した。
麻薬取締法違反などの疑いで再逮捕されたのは、元北陸朝日放送の編成局編成部係長、圓居知久被告(49)。捜査関係者によると、圓居被告はことし2月、「MDPV」と呼ばれる麻薬1.52グラムを海外から密輸入した疑い。大阪税関の職員が郵便物に麻薬が入っているのを発見し、宛先を調べたところ、圓居被告の関係先だったという。圓居被告はこれまでに危険ドラッグを所持していた疑いで逮捕・起訴されていて、逮捕時、容疑を認めている。県警は麻薬の入手ルートの特定や入手の目的などを調べる方針。
[ 2017/9/13 19:01 テレビ金沢]