覚せい剤問題の概略

警察庁発表の『平成22年上半期の薬物・銃器情勢(暫定値)』について、これまでの傾向とほとんど変化していませんと書いたので、これまでの傾向を概略します。

日本で乱用されている薬物の代表が,覚せい剤です。わが国の薬物といえば覚せい剤で,薬物問題といわれる場合は多くは覚せい剤の問題です。
覚せい剤乱用にはこれまでに大きな山が3つあったと言われています。
最初が戦後の混乱期(ピークは昭和29年)、第二の山が昭和の高度成長のころ(ピークは昭和59年)、そして平成7年ころから始まった第3次覚せい剤乱用期といわれる状況です。
しかし、平成7年ころから12年ころには、毎年約2万人位いた検挙者が、その後少しずつ減ってきて,ここ4~5年は年間 12,000人程度になっています。ピーク時からは8,000人程度減っているということになります。約5分の2の減少ということです。
この最大の理由は船舶などによる大量密輸のルートが摘発されたことから、国内に出回る覚せい剤が減少し,価格が高騰したことです。3倍以上、値段が上がっています。
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第3次乱用期の最大の特徴は、乱用者の裾野が一般の青少年にまで広がったことだといわれます。
覚せい剤乱用者というと、暴力団員とか風俗とか水商売の関係者……そういったものをイメージする人が多いのではないかと思います。そういった「覚せい剤乱用者」のイメージがほぼできあがったのは、第2次覚せい剤乱用期です。
ところが、バブル景気で浮かれていた平成の初め(1990年)ころ、全く別のタイプの覚せい剤乱用者が登場し始めたのです。
彼らは、カジュアルなファッションで身を固め、深夜の繁華街で、覚せい剤を使いながら、ダンスに興じていたのです。今でいえば「レイブ」です。
彼らは,それまで「シャブ」や「ネタ」「ブツ」などと呼ばれていた、覚せい剤を「スピード」とか「エス」とか「アイス」とかなどと呼び変えました。
また、彼らは注射で使うことを嫌い、そのかわり、炙り、つまり、パイプやアルミ箔などで加熱吸引する方法を好みました。これらは,アメリカから伝わった呼び名や使い方です。
つまり、覚せい剤が、アメリカ風のサブ・カルチャーとともに再登場してきたのです。
また、それを背後で支えたのは、繁華街で、携帯電話を使用して半ば公然と密売を行う密売人の出現です。当時、「末端密売形態の革命的な変化」といわれました(第1次薬物乱用防止5ヵ年戦略平成10年5月)。
その結果、それまでは、暴力団員などの特定の層の人たちの問題だった覚せい剤が、一気に、一般市民社会の青少年を巻き込み始めたのです。これが現在まで続いている第3次覚せい剤乱用期の始まりでした。
当時、覚せい剤が一般の青少年にまで広がった理由の一つには、その当時、日本でもっとも手に入りやすい薬物が覚せい剤だったという事情があります。大麻は利幅が狭く、扱いが面倒だったので、密売人はあまり扱いませんでした。また、MDMAが日本で一般的に出回りだしたのは平成10年以降です。              
ですから、薬物に好奇心を抱いた青少年が最初に出会う薬物が、覚せい剤だったわけです。

ところが、その後、覚せい剤の流通量が減り、価格が高騰したことで,薬物に好奇心を抱いただけの青少年にとっては,覚せい剤は簡単には手を出しにくいものになったのです。
その結果、検挙者に占める少年と20歳代の者の割合も、平成9年ころは半分(50パーセント)前後だったのですが、平成20年には4分の1(25パーセント)に下落しています。
今、覚せい剤事件で出会う被疑者や被告人には、覚せい剤の前科を持つ人や今回初めて逮捕された人でも、これまで長期間乱用してきた人など問題のある人が目立ちます。
5か年戦略も「青少年については、覚せい剤事犯の検挙人員は減少傾向にある」と要約しています(平成20年8月薬物乱用防止対策推進本部(現在は、薬物乱用防止対策推進会議)「第3次薬物乱用防止5か年戦略」)。

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