なぜ薬物乱用者は逮捕されるのか

「覚せい剤の所持や使用は犯罪です。」日本の子どもたちは、そう教えられて成長し、薬物乱用者は逮捕されて当然だと考えています。なぜ?と考えることさえなく。日本では、末端の薬物乱用者に対して厳正な取締りが行われることに対し、「薬物戦争drug war」という批判さえほとんど耳にしません。
しかし、この状態は果たしてノーマルなのでしょうか。

国連の『世界薬物報告書2009』は、組織犯罪への対処について特集していますが、その2-2 「受身の法執行を超えて」という章に、とても興味深い部分があるので、少し長くなりますが、私の私的翻訳で紹介します。この章は前文で「もちろん、薬物を不法で入手しにくいものとしていくためには、法執行は今後も主要な役割を果たさなければならないが、刑事司法が有効で効率的なものであるには、まだ多くのことが必要である。」として、法執行の重点を末端乱用者の拘禁から、犯罪組織が関与する薬物流通を制約する方向へ、転換しなければならないと提言しています。

*****
●瑣末な違反者の拘禁をやめる
現行の法執行は2つのカテゴリーに分類しうる。
・たまたま別な理由で止められた際に発見された薬物所持に対する偶発的な法執行。
・自由市場に対して行われる、おとり捜査を含む法執行、つまり疑わしい場所や人物の捜索や、さらに計画的な長期捜査など。
こうした行為はすべて、法の下で正当化されるが、しかしまた、そのすべてが刑事司法制度の不十分さを吸収してしまう。法執行のある形式を決定すれば、他の手段に対する機会損失をともなう。闇市場の規模を縮小する効果と同時に、それにともなうマイナス要因の軽重を考えることが重要なのだ。
選択的な法執行は、関心を呼んではいるが、しかし、法執行の全領域では逮捕者に対する処分や起訴が問題にされるというのが事実である。裁判に付されるのは、警察が捜査するもののほんの一部である。しかし事案は、期待したような結果(一般的には有罪判決)をもたらさないことが多く、さまざまな処理過程で、無視されている。
残念ながら、世界中の住民サービスの分野で、量的な成果による管理が行われていることから、こうした考え方は評価されにくい。警察における第一義的な成果指標が逮捕者数と押収量であれば、逮捕や押収が及ぼす影響について考慮されることはほとんどない。当然、こうした逮捕や押収が、前向きの影響を大きく及ぼすとは思えない。研究結果は、取り締まり強化が必ずしも良いとは限らないとしている。警察の指揮官は、望ましい成果をあげるに必要な法執行のレベルを注意深く見ていかなくてはならない。
以下で論じるように、ユーザーであるかディーラーであるかを問わず、注目を集めるケースや, 大量事案、暴力的犯罪者に的を絞ることで、得るものは大きい。こうした対象に向けられるべき資源が、しばしば、軽微な犯罪者を便宜的に大量に逮捕し、拘禁することに費やされている。一時的な薬物使用者の場合、その多くは無法者というより一般人であり、拘禁刑という制裁は行き過ぎである。未成年の飲酒や喫煙が発覚した際にとられる措置のように、薬物の一時的使用を思いとどまらせる、多様な選択肢がある。依存に対処するには、証拠に基づくトリートメントが適切である。
下位の密売人やその他の薬物マーケット関係者にとって、こうした違反は、しばしば解体するには大きすぎて威嚇のほとんど及ばない巨大な人口グループからなっている。社会的な状況から、多くの人が法を犯そうとしているなかで、特定の個人を摘発しても実りは少ない。死の危険を冒して1キログラムのコカインを飲み込む連中は、拘禁刑を受ける可能性があるからといって、計画をためらうことはない。薬物中毒者とセックスワーカーは、どちらも、脅してもなかなか行いを改めることはない。将来に希望がある者にとって逮捕は脅威であるが、希望を捨てた者を脅かすことはできない。逮捕は、大量の「懲りない連中」というロスをもたらしている。
こうしたロスを避けるには、警察は、とくに優先度の低い薬物所持事犯に対応する際には、代替的な措置を必要としている。国際麻薬統制委員会に関する意見では、1988年の麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約は、規制物質の不法な所持を禁止するよう要請しているが、少量所持に対しては刑事訴追することを要しないとしている。時に、薬物所持罪は、危険であったり疑わしかったりする人物を引き止める口実として使われるが、そうでない場合は、警察官がたまたま少量の薬物所持を発見した際に適用できるよう、法は、勾留にかわる代替措置を講じるべきである。事件は記録され、必要であれば薬物使用者をトリートメントに直接結びつけるよう、機会を活用するのが重要なのであって、こうした犯罪者のために拘禁施設のスペースを費やすことに、ほとんど有効性はない。研究によれば、ヨーロッパと北米の多くの国では、人口の4分の1以上が、これまでに1度以上薬物を手にしたことがあるという。そのほとんどは、生産的な市民である。こうしたケースのうち、逮捕と、それがもたらす生涯にわたる汚点(スティグマ)にふさわしいのは、ごくわずかな割合である。
出典:国連薬物犯罪事務所編『世界薬物報告書2009年版 WORLD DRUG REPORT 2009』
http://www.unodc.org/unodc/en/frontpage/2009/June/world-drug-report-2009-released.html
*****

お気づきの方もあるでしょうが、ここで「瑣末な違反者」としているなかには、自己使用のために少量の薬物を所持する薬物乱用者はもちろん、末端の薬物密売人や、わずかな報酬で国境を越えて薬物を運搬する運び屋などまで含んでいます。
日本では、覚せい剤などの単純所持や使用事犯者は軽視できない違反者であり、零細な密売人や一時雇いの運び屋は、営利の目的で罪を犯した重大犯罪者として扱われていることを考えると、この著しい温度差にうちのめされます。末端の薬物乱用者に対する日本の刑事政策は、世界の標準からあまりにも乖離しています。早晩、この乖離を埋める努力が必要になることでしょう。

もちろん、場当たりな規制緩和は下策であると思います。まず、これまで、お上の取り締まりに頼りきってきた一般社会に、薬物問題を自ら理解し、対処する自立的な対応力をつけなくてはなりません。また、拘禁に代わる代替手法の導入も具体的に検討しなければならないでしょう。まだまだ、基本的な整備を必要とする事項が山積みされています。

しかし、これだけは明言しておきます。少なくとも、いま、これまで以上に処罰の対象を拡大し、適用を厳格化することは不要なのです。

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この記事へのコメント

まめしば
2009年08月26日 12:21
ご提示の報告書に記載されている個々の具体的な内容はともかくとして、わが国における薬物規制をどのように行うのが良いのか。
そもそも、覚せい剤取締法を始めとする薬物関連法令のほとんどは、国民の健康保持をその目的としています。
しかし、その反面、麻薬特例法はどのように位置づけられるのでしょうか。これは、暴対法、組処法、通信傍受関連法などと同じ理念に基づいているものですよね。これらの組織犯罪関連法令が、どのような背景に基づいて制定されたものなのかをつぶさに振り返る必要もあります。
薬物規制の理想の姿ということについて検討を重ねて行くことは重要なことと思うのですが、それでは具体的にどうするのかというところまで踏み込んでいかないと、所詮は絵に描いたモチに過ぎませんし、そこに責任性も窺うことはできません。
現実の日本社会の治安がどういった状態にあるのか、それは、諸外国と比較していいとか悪いなどという相対評価で語られるものではありません。治安はいくら良くてもいいのです。
犯罪を犯した者、そして、卑怯な手立てを弄して責任を逃れる者に対して厳しい意見が国民から出るのも、もっと安全で安心できる社会を望むという感情の表れではないでしょうか。
そういった、安全に対する国民の高い願望や要求こそ、治安を維持するための基礎であるということも忘れてはなりません。
事は、薬物事犯にとどまるものではないということです。
自らの弱さや環境の不備によって薬物に手を染めてしまった人間をどのようにして救い、社会に適合させていくのかということも必要なことであるのは事実ですが、これを主たる目的として規制を緩和するというのはあまりに乱暴かつ無責任な論法であり、説得力に欠けるものという印象を拭えないのです。
現実性のある、そして、バランス感覚にあふれる表現を期待しております。
のら猫
2009年08月26日 14:36
小森先生の紹介された報告書は、日本の現在の刑事政策とはあまりに乖離していますので、どうすればいいのかとの方向性すら見いだす事が困難です。

日本の現状は、自ら損害を被ったわけでもないのに応酬的な感情で騒ぐ人が、どんな基準で計測したか判りませんが、国民の総意となるのだそうです。任意の事件で処罰範囲を広げ、長時間拘留して、更に再逮捕、拘留の姿勢を見せて、意に添う供述を引き出して、これが客観的証拠に代行させる事が徹底捜査になり、日本の治安維持に貢献するのだそうです。

薬物違反は、処罰は冷静に且つ客観的に行い、常に更正の可能性を考慮していくものと思っていました。更正できる人をより更正しにくい立場に追いやる事が、治安維持に繋がると言われても違和感があります。守るものがない人や希望を持てない人を生産する事が、治安維持に繋がるのでしょうか?

世界各国では、薬物事犯に対する考え方は異なりますが、軽微な所持は、刑罰対象から除外する動きすらあります。要するに全体として薬物汚染をどのように防止していくが問題であり、末端の乱用者にことすら厳しく処断する事が、結果として薬物汚染を防止する事には繋がるのではなく、多量な薬物が見つかった時に集中捜査をする事が重要ではないでしょうか?

日本が、世界標準に届くのには、まだまだ時間が必要だと痛感しました。

あらま
2009年08月26日 20:44
『一時的な薬物使用者の場合、その多くは無法者というより一般人であり、拘禁刑という制裁は行き過ぎである。』まして、容疑者の子供の写真を放送する某放送局の制裁は容疑者にとってこれ以上の制裁は無く、司法でない者が裁く日本の現状に憤りを感じてなりません。
Dr.涼
2009年08月26日 21:07
この辺りの議論は法律論というよりも、大衆社会論ですね。刺激的な言い方をすれば、多くの人が閉塞感ある現状の憂さを晴らすために、マスコミの集団リンチを楽しんでいるといったところでしょうか。残念なのは、冷静かつ客観的な判断をくださなければいけない検察や裁判所が世論に流されている点です。たとえ不起訴でも、今回の被疑者は十分な社会的制裁を受けているはずで、社会正義の観点からも不起訴でも問題ないはずです。
Dr.涼
2009年08月26日 21:07
この辺りの議論は法律論というよりも、大衆社会論ですね。刺激的な言い方をすれば、多くの人が閉塞感ある現状の憂さを晴らすために、マスコミの集団リンチを楽しんでいるといったところでしょうか。残念なのは、冷静かつ客観的な判断をくださなければいけない検察や裁判所が世論に流されている点です。たとえ不起訴でも、今回の被疑者は十分な社会的制裁を受けているはずで、社会正義の観点からも不起訴でも問題ないはずです。
チビクロ
2009年08月28日 02:45
私の質問は無視をされているのか、疑問点が明確に伝わっていないのかもしれませんが、、、

専門家の話を聞いても納得できない点は、起訴するかしないかのテクニカルなラインは尿検査が陽性か否か(としか私には思えない)のに、妻を不起訴にしない理由を更正面で語り、厳罰化と騒ぐことです。
更正する可能性があるから不起訴ならば、更正する可能性のある旦那をなぜ起訴するのか、納得いく理由を聞きたい。

尿検査の結果だけで起訴・不起訴を決めていたこれまでの基準が(私からしたら)おかしいのであって、使用が十分確からしいなら起訴すべきだと私は思うのですが、それは厳罰化とまったく関係ない話ではないですか?


チビクロ
2009年08月28日 03:22
すみません。
上の「妻を不起訴にしない理由を更正面で語り」は「妻を不起訴にする理由を更生面で語り」の間違いです。

あと、他の専門家は知りませんが、小森先生の意見は(勝手に推測すると)、恐らく、旦那も妻も不起訴という基準でもよいということかもしれませんね。
Dr.涼
2009年08月28日 04:12
チビクロさんへ。今までの基準では不起訴なのに、有名人に対しては基準を変更するでは法的公平性に欠けます。一部の人は、その変更を正当化するために「日本は薬物に対する処罰が甘い、もっと厳罰化を」と主張しています。それに対する反論として、基準の変更や厳罰化は効果ないという主張が出てきているわけです。今回だけなぜ基準を変えなければいけないのですか?「逃げ得」という言葉もメディアでは頻繁に出てきていますが、逃げずに尿検査したら陽性になったという証拠はどこにもありません。証拠がなければ、疑わしくても立件はできません。大衆社会論では、気まぐれな世論とは一線を画す役割を「エリート」(一般的に使われる意味とは少し違う)は持っています。エリートに属する法曹界の一員である検察や裁判所がこの高貴な使命を放棄しているのが残念です。
のら猫
2009年08月28日 09:11
チビクロさんへ 私からも一言。私はそれほど専門家という立場ではないのですが。
今回の奥さんは、今までの運営上、不起訴が妥当というのは、嫌疑を裏付ける客観的、科学的な証拠が乏しいからです。使用していたとの供述もあり、嫌疑がないとは言えません。一方 ご主人の方は、嫌疑を裏付ける客観的、科学的な証拠がありますし、今までの法の運営状、起訴もやむを得ないと思います。報道などでも問題にしていないですが、奥さん(収入面で頼っていたようです)を覚醒剤の道を引き吊り込んだ事が事実とすれば、裁判でも問題となるかもしれません。薬物で繋ぎとめたとも受け取られる可能性があります。単純な所持、使用とは異なる可能性もあります。
すべての人が同じ状況下(客観的な証拠、科学的な証拠)ではありませんし、特に今回のお二人も異なっています。単に所持し、使用していた事が相当程度疑われるとしても、それを客観的及び科学的な証拠を示してはじめて、刑罰対象とすべきです。
今は奥さんも起訴のようですが、なぜ判例や従来の運営を今回変更するのでしょうか?
これは将来の禍根となり、今回が前例となり、更正できる可能性が高い人達を起訴に追いやり、より難しい立場からのリスタートとなる危険性があります。
私はだれでも更正はできる。難しさの程度は異なるが。
その人のおかれている状況化(証拠状況下)で、だれについても、刑罰を考えるとともに更正面も考えるべきだと思っています。
これが、今の法令やその運営状況の基で言える事です。

小森先生は、将来的な薬物予防と取締法の姿等について意見を紹介されていると思いますが。

チビクロ
2009年08月28日 11:05
なるほど。
私はここでなされていた議論の趣旨を理解していなかったようですね。
解説をしていただき、ありがとうございます。

以下、わたしが今の基準を「おかしい」と感じた理由をもう少し整理して説明します。

1.尿検査の結果が陽性なら起訴・陰性なら不起訴
2.薬物の使用が立証できたなら起訴・できないなら不起訴

私は起訴・不起訴の基準は2だと思っておりました。したがって「尿検査の結果が陰性だったら、現在の能力では使用の証明は絶対にできないから不起訴」なら1の基準で説明されても納得できます。しかし時に「使用の立証ができても、尿検査の結果が陰性なら不起訴にすべきだ」というニュアンスで1の説明がされることが「おかしい」と感じるのです。

また「妻の使用を(これまで用いていなかった)尿検査以外の方法で立証するのは、公平ではない」というのは理解しかねます。
一般人なら手間を考えて捜査しないのかもしれませんが(結果、使用の立証ができず不起訴)、有名人がゆえに詳しく捜査されてしまったとして、シロならシロなのですから、それは公平かどうかと関係ない話だと思います。
それとも詳しく捜査すること自体が公平ではないのでしょうか。


のら猫
2009年08月28日 14:28
覚醒剤の使用は、客観的な根拠で、使用時期を明確にするのが、一般的です。これを供述で置き換えるのは適切ではありません。長期拘留の最後には、警察のシナリオ通りに、供述する事がよくあります。いつも同じ質問をして、警察のシナリオ通りの供述をするまで、同じ質問を繰り返し行い、別件での逮捕、拘留をちらつかせて、強要している疑念があるからです。
法の下での平等は、誰でも共通の手続きをとる事です。
有名人なら詳しく調べてもいいとか、あいまいでいいというのは問題です。今回は有名人だから、のりピーだから詳しく調べたとは絶対書きません。これは法の下の平等に反するからで、多分疑義が濃厚だから、警察の任意の判断で行ったという事になります。警察に逆らうとやりますよというプラフにはなるでしょう。
尿検査は多くの事例により、使用と使用時期が特定されます。覚醒剤の使用は、使用と使用時期の特定が必要です。相当の疑義で使用が疑われても、いつ使用したと科学的に特定する必要があります。詳しく判例を見ていませんが、それ以外の方法で使用時期が特定される事は難しいと思います。そもそも、覚醒剤の使用したとする相当の疑義のある人すべてに刑罰を与えるという発想がわかりません。覚醒剤の使用について、刑罰を与える(起訴)のは、科学的や客観的証拠で、使用と使用時期が特定される時などに、限定されるべきです。
覚醒剤の使用は、基本的には自傷行為に近いものです。相当の疑義程度であれば、むしろ保護し、更正させる事に努めるべきです。不起訴は、嫌疑なし、嫌疑不十分(証拠が揃わない)、起訴猶予(嫌疑は強いし、証拠もあるが敢えて起訴する事もない)に分かれます。不起訴は無罪ではありません。
まめしば
2009年08月28日 15:23
刑事訴訟法第256条3項 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。


通常、覚せい剤使用事件の場合では、
「被告人は、平成○○年○月○日午後○時○分ころ、東京都品川区○○町○丁目○番○号被告人方において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを含有する水溶液0.2ミリリットルを自己の右腕に注射して摂取し、もって、覚せい剤を使用したものである。」
のように、事実が特定されて起訴されます。

しかし、尿鑑定が陽性であっても、被告人が完全に否認若しくは黙秘するなどし、使用の日時場所や方法などが明らかにできない場合、採尿を行った日時場所を基準として、以下のような事実にて起訴されます。
「被告人は、平成○○年○月○日に近接する日時ころ、東京都内またはその近郊において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを自己の身体に摂取し、もって、覚せい剤を使用したものである。」
このような、合理的な範囲内である程度の幅を持たせた特定であっても、先の刑事訴訟法第256条3項に反するものではないということは、すでに判例で確立されていることですし、実務上も多くの事件がこのように処理されています。
まめしば
2009年08月28日 15:24
ここで、尿鑑定においては、摂取後の残存期間が薬理学上で明らかにされているので、便宜上、陽性反応をもって使用時期の特定がされているものとみなしているのですが、毛髪鑑定においては、そこまでの特定ができません。
しかし、事実の特定というのは、必ずしもその全てを直接証拠によってのみ証明されなければならないわけではなく、供述を含めたその他の客観的証拠を含めて、総体的に証明すれば足りるものです。
ですので、被告人が覚せい剤を過去において使用した事実が毛髪鑑定によって明らかになり、それが公訴時効を経過しておらず、さらには使用の日時場所方法などがその他の証拠によって合理的な疑いを挟む余地がない程度に証明されれば、刑事訴訟法第256条3項の要求を満たすに十分ということになります。

また、毛髪鑑定の結果に基づいて有罪判決が下された事例はないなどと言われますが、そのようなことはありません。よく判例集をお調べください。
ただ、その特定には更なる裏づけ捜査が必要であることは事実ですので、そういった事情から、使用罪で再逮捕することなく、追送致の手続きを選択しているのではないかと思われます。
近日の報道を見ると、最終使用事実についてはさらに変遷がありそうですので、追送致した事実についても訴因変更が行われる可能性がありますよね。

今回の件については、有名人による事案で社会的注目を浴びているからそこまでやったということではありません。チビクロさんが言われるように、極めてテクニカルに事実を精査した結果、立証が可能と判断したからそうしたというだけのことです。
まめしば
2009年08月28日 15:24
立証が可能なものについて捜査を怠り、結果として起訴できなかったという事態こそ公平性に欠けることになりますし、捜査機関としても、為すべきことを怠ったという非難を浴びる結果となります。結果はどうであれ、為すべきことを為すべきときに可能な限り実行するということが、最大限に実現可能な公平性ということになるはずですし、そうでなければ司法の信頼性を保持することができないのは当然のことです。
まめしば
2009年08月28日 15:51
あ~、誤解を招きそうですので少し補正しておきます。

>被告人が覚せい剤を過去において使用した事実が毛髪鑑定によって明らかになり<
「被告人が覚せい剤を過去において使用した事実が毛髪鑑定を含めた証拠によって明らかになり」

>毛髪鑑定の結果に基づいて有罪判決が下された事例<
「尿鑑定結果が陰性であったが、毛髪鑑定の陽性結果を含めた証拠に基づいて有罪判決が得られた事例」

それから、0.008gの所持で起訴の件ですが、これまでは、この程度の微量所持の場合には、
・覚せい剤所持の意思に欠ける
まあ、使い終わったゴミとしての認識しかない
・覚せい剤としての薬理効果が認められない
微量な上に不純物が多くて効き目がない
などという理由で無罪とされたものがいくつかありますね。
今回は、「まだ使うつもりで持っていた」ということのようですので、覚せい剤所持の認識と故意に欠けることはないということですね。
当然ですが、使うつもりだったという立証を被告人の供述のみに依存するほど検察官はおめでたくないはずです。
のら猫
2009年08月28日 19:06
所持量ですが、本当に8mg?
アルミ箔に焦げ付いた量は?
純度は?
いずれも未確認です。
確かに微量でも有罪になった判例もありますが、もっと多量でも薬理作用がないとして無罪になった案件もあります。鑑定に出していないのかな。始めに起訴ありきで動いているとしか思えません。当然起訴猶予でしょうが、供述の変遷や薬物抜きの逃亡を悪質として、敢えて起訴猶予をはずしたとしか言いようがない。しかし逃亡といっても逮捕状請求日の翌日に出頭なので、法律的には逃亡ではない。むしろご主人の逮捕の当日ないし翌日に関連住居で家宅捜査し、それで逮捕状を取れば逃亡に当たるかもしれないがそうしなかつた。それで今逃亡や薬物抜きだと言っても全く説得力がない。その上所持罪に限れば、そんなに変遷していない。使用目的の所持と認めるのが遅かった程度で、自己の不利益になる供述の遅れが悪質なの?

今回の起訴は、地検の権威が崩れた事を意味すると思いますが。少なくとも法曹界としての矜持は感じられない。







るこれも本当にそうなの、もう一度吸えるの?

しかも 所持罪で起訴して、基本的な証拠隠滅の恐れはない。何故 保釈に反対できるの? 処分保留の使用の捜査のためとしか思えないが、所持目的の関連捜査なの?

検察官をそんなに信用出来ない人もいる事をお忘れなく。

まめしば
2009年08月28日 20:38
起訴したということは、鑑定書があるということですので、確認されたということですね。
逃亡にあたるのかとか、悪質かどうかなどということは、部外者が具体的な内容を知る由もありませんので、報道内容やこれに基づく憶測で云々できることではありませんね。
警察や検察は、微量所持に関する過去の判例の要旨を子細に検討(いまさら、検討しなおすほどのことではなく、その他の禁制品所持罪一般における所持の概念としては常識)した上で捜査して起訴しているはずです。
もし、そんなに気になるのであれば、裁判傍聴や判決要旨の確認をされたらいかがかと思います。
のら猫さんが、司法全般に深い関心を持たれているご様子は窺うことができますが、関心や疑問を持ったならば、この場で中途半端な疑問提示をするのではなく、関連の勉強をされる方が良いのではないかとの印象を抱きます。
私が申し上げるのもはなはだ僭越ではありますが、質問しているのか批判しているのかすら判然としません。
私は、今回の一連の捜査過程について、今のところ批判も支持もする意志はありません。ただ、報道等によって知りうる情報について、自ら持っている知識に基づいて客観的に判断しているのみです。
今回の捜査が適正であったかどうかについては、今後の覚せい剤捜査がどのように推移するかを見てからでないと何とも言いようがないことです。
しかし、これまでの経過を見る限り、従来の流れに逆らうものではないと感じつつ、警察や検察が世論に対して非常に敏感になっていることも感じているのも事実です。しかし、別の視点から見れば、世論に従った活動をしようという意味では、悪いことではないとも言えますね。
何度も書きますが、事は薬物事犯にとどまるものではないのです。
小森 榮
2009年08月28日 21:49
>「尿鑑定結果が陰性であったが、毛髪鑑定の陽性結果>を含めた証拠に基づいて有罪判決が得られた事例」
確かにあります。しかし、高裁判例でありながら、主要な判例集に搭載されていないこと、判決、文献などに引用されていないこと、その後、地裁で逆の判断が示されていることなどから、事情のあるケースではないかという気がして、私はこの事例を取り上げることに躊躇しています。また、鑑定プロセスを読むと、非常に特異なケースであるように思います。
のら猫
2009年08月28日 21:53
別に議論するつもりはないのですが。今回の捜査に批判的である事は事実です。しかし報道関係からの断片的な資料では、確定的な批判はできません。単なる批判的な意見表明としか言えません。第一、起訴状だって読んでいないのですから。起訴した所持量だって現段階では分かりませんし、鑑定結果も公表されていないのですから。

前のコメントではやたら空白があり、見づらい点をお詫びします。確認したのに。

警察や検察に批判的な意見表明は許されませんか? そんな事はないはずです。疑問風の批判もあるのですし、まめしばさんも当局の人でもないだろうし、疑問を投げかけても仕方がないし。

今後も事件の推移には関心がありますので、注意を持っていきます。裁判所の賢明な判断を願うだけです。
しかし 裁判も、多分事実関係の争いもなく、あっさり決着しそうな気がするので、かえって怖いのですが。
時の流れに逆らう愚を彼女や弁護側は犯さないような気がして、結局罪を受け入れる事になるでしょう。拘留終盤の彼女の供述は正しいのか、それとも単に迎合しているのか不明ですが、少なくとも私には証明すべき手段がありません。彼女の更正を祈るだけです。

私は、警察や検察が世論に従った活動する事は、けっして良い事とは思っていません。その従うべき世論とはなにかの問題もあります。従うべきは法律や過去の判例や法の運営状況です。

まめしば
2009年08月28日 22:35
>小森先生
くだんの高裁判例ですが、確かに特殊な事情背景があったのかもしれません。しかし、想像するに、捜査機関や検察官がそこまでの手間をかけ、少なからぬリスクを覚悟しつつもトライした理由としての特殊性であり、使用罪として有罪判決を言い渡した判決要旨自体に特殊性はないのではないかと思うのです。
その後の別件に関する地裁判決と合わせて、先生としての分析を期待しております。

>のら猫さん
批判すること自体を否定しているわけではありません。
私はのら猫さんをリアルに存じ上げているわけではありませんので、書かれた文面から受ける印象に対してしかコメントのしようがないのです。
ただ、客観的な説得力を有する批判をするためには、それなりの根拠が必要ですし、明らかになっている部分に対する的確な批判でなければ、それは単なる憶測に過ぎません。
批判すべき事項と杞憂すべき事項について、整理して書き分けるようにすれば良いのではないかと感じた次第です。

あらま
2009年08月28日 22:46
世論は何と言っているのか、私には分かりません。寧ろ世論に左右されること無く粛々と行うのが検察や裁判所の使命であると思っていました。使用罪は処分保留で、所持罪も所持量が微量でも使用目的で所持していたという自白が得られたという強引な起訴という印象です。違反者をそんなに犯罪者にしたいのでしょうか。そんなに使用罪で追起訴したいのでしょうか。寧ろ違反者は薬物被害者であり、薬物被害者をいかに作らないようにするかが大切であると皆が気がついてきたのではないでしょうか、少なくとも私はそう思うようになってきました。マスコミは薬物の怖さを伝えて欲しいと思います。また、10才の子供さんが普通に登校できるよう保釈の特段の配慮があって欲しいと思います。
母 酒井法子さん、子供さんのためにも更生され、子供さんを立派に育てられることを願っています。
まめしば
2009年08月28日 23:05
世論とはなんぞやという議論はさておき、国家の三権のひとつである司法行政が世論から乖離することは好ましいことではないと思います。
これまで、司法が実社会から乖離した、独りよがりの閉鎖的なものになりつつあったという反省から、これまた是非は別として、裁判員制度というものがスタートしたというのも事実です。
このように、現代社会によりマッチした姿を目指していくということは、近年になってやっと始まった司法改革の一環です。
この問題と、個々の薬物被疑者の更正や処遇をどうするべきかということは、調和をはかるべき別問題ではないかと思うのです。
てんびん
2009年08月28日 23:38
横からごめんなさい。一つだけ、よくわからないことが。素人意見なのですが、
売人ならともかく、末端の使用者の場合、一度に所持する覚せい剤の量は
1回分から、せいぜい数回分なんだろうと思います。
使用前に1回分から数回分が見つかった場合は起訴は相当で、
使用後に微量が見つかった場合は不起訴相当というと、不公平な感じが
してしまうのですが、どうなのでしょうか?
Dr.涼
2009年08月28日 23:48
世論が常に正しいとは限らないのは、ナチスの例を見るまでもなく、既に実証されています。しかも、今回は犯罪の立証という作業において、世論が反映されている点は極めて重大な問題です。捜査手法、立証判断の公平性については、今後尿鑑定がシロだった被疑者全員に毛髪鑑定を行うのか、微量の覚せい剤所持を必ず起訴するのかを見れば明らかになるでしょう。私の予測は、今回だけ特殊な例になると見ています。
るる
2009年08月29日 05:25
私も素人なのですが、今回の起訴は妥当だと思います。有名人だから異例の毛髪鑑定をやったとか、の意見もあると思いますが、今までの一般人に対する処遇の方が甘いというか簡略化されていたような気がします。もちろん現実問題としては、尿検査がシロの人全員に毛髪検査までやるのは、経費や労力がかかりますし、起訴しても無罪になるのでは?とか初犯で軽微だから、と判断して起訴を見送ってたケースが多いかと思います。それから、えん罪を防ぐという目的もあり、「疑わしきは罰せず」という理屈で、極めて犯罪が濃厚な場合でも証拠が揃わない場合は起訴できない、というのもわかります。
でも、今回の場合は、容疑者が覚醒剤を所持、使用していなかったということを証明することがほぼ100%困難です。事件の種類は違いますが、ヒ素入りカレー事件もそうです。誰も被告がカレーにヒ素を入れているのを見ていませんが、状況証拠のつみかさねで重い罪になりましたね。
 
るるその2
2009年08月29日 05:26
 
てんびんさんの微量のため不起訴というのは不公平という意見に同意です。やはり量は本人がどういう意志を持っていたかということをあらわす補足にすぎず、少ないから使う目的ではなかったとも言い切れません。例え極めて微量でも使う意志があったり、確実に本人が使ったという場合の使い残りの場合は起訴すべきだと思います。(もちろん偶然他人の覚醒剤が自分の持ち物についてしまった、という例は排除しなければなりませんが。)
例えば本人の部屋の中に打ち残りの覚醒剤 が注射器に0.008グラムあっても(注射針には本人のDNA付着)1週間逃げまくって尿検査さえシロなら今までの例なら起訴できないってことですよね。そちらの方がおかしいのです。
だから、今回だけ特殊な例になるというより、極めて使用が強く疑われる場合には毛髪鑑定もする、ということは今後出てくるかも知れません。要はケースバイケースです。
今後裁判官がどのような判断をするか見守りたいと思います。
のら猫
2009年08月29日 07:00
疑義のある人をすべて、徹底調査して、処罰を与えるべきか。それよりは更正を期待すべきかどうかの問題だと思います。私は、やたら犯罪者にして、更正しにくい状況に追いやるよりは、処罰を与える条件を限定的にすべきではないかと考えています。
毛髪検査と補充調査で、使用を立証する事は、まったく出来ないとまでは言えません。立証した判例もあることはありますが、極めて稀で、通常きわめて難しいと思います。覚醒剤違反は、普通に起訴できる事例でも、起訴猶予になる事がよくあります。これは起訴できないのではなくて起訴しないが正確です。これは、覚醒剤使用や所持について、どんな微罪でも起訴するより、更正を考慮して、判断される事が多いからだと思っています。今回のように、始めに起訴ありきで動く事は、極めて特異な捜査手法と思います。
るる
2009年08月29日 09:16
のら猫さんのお書きになったこともよくわかります。なんでもかんでも起訴して前科者のレッテルを貼るよりも、更正を期待して起訴猶予にしたほうがいい場合もあると思います。起訴されると職を失い、かえって追い込まれる人もいるでしょうし。
だから、さきほどケースバイケースと書きました。
人に無理強いされて、たった1回使用しただけで逮捕された人と、何年間も常用していて、1週間程度逃げれば尿検査がシロになっていると知っている人では更正の見込みが違って思える気がします。(中には専門の病院に行って点滴してもらえば早く尿に薬が出なくなる、ということを知っている人もいるようです)
覚醒剤はとても依存性の高い薬物です。再犯率が5割以上というのが示しています。中には、逮捕されて反省するどころか、不起訴になって舌を出し、すぐさま再び覚醒剤に手を染めるという例も少なくないでしょう。
だから、常習性が極めて強く疑われる場合はより厳しい処罰のほうが本人のためでもあるかも知れません。
今回は常習性が高いと最初から判断されていたのではないでしょうか。
今までは尿検査シロ→不起訴というのが通常でしたが、今後常用性が高いあるいは、悪質なケースでは捜査手法が変わってくるかも知れませんね。
のら猫
2009年08月29日 10:13
覚醒剤はとても依存性の高い薬物です。再犯率が5割以上というのが示しています。中には、逮捕されて反省するどころか、不起訴になって舌を出し、すぐさま再び覚醒剤に手を染めるという例も少なくないでしょう。

そんな人もいるでしょう。否定する訳ではありません。逆に更正していく人もいます。 あくまで、その人の選択です。逆に厳しく処罰すれば、その分だけ、もっと悪い条件でのリスタートとなります。再犯率が高いだけに刑罰を厳正にするというのは、逆により再犯率を高めるだけのような気がします。

毛髪検査で、使用時期はほとんど特定されません。この検査法による立証は異例中の異例です。こんな捜査手段で、起訴する必要があるのかと思います。

常用性や悪質性(罪障隠滅を指すと思います)といった事についても、それを含めて、厳しい刑罰を課すのは、
賛成出来ません。薬物汚染防止には、予防と更正援助プログラムが必要です。拘禁を伴う刑罰は、本人のためにも、社会全体のためにも繋がらないと思います。薬物違反事件で、少なくとも現行運営よりも、厳しく処罰する必要はないと思いますし、拘禁を伴う刑罰を与える事は、限定的に行うべきで、やがては、拘禁を伴う刑罰よりは、治癒を伴う更正プログラムに移行していくべきではないかと考えています。

悪質といった応酬的な感情は、薬物違反事件では、かえって更正しにくい人を生み出すだけです。

薬物汚染で、起訴猶予になって、拘禁を伴う刑罰から逃れても、やはり更正しなければなりません。厳しい刑罰が与えられても、拘禁の時間が経過すれば、やはり更正しなければなりません。どちらが更正しやすいと思いますか? 現行法令下では、拘禁を伴う刑罰を全く与えるなと言っている訳ではありませんが、極めて限定的に運営すべきです。
まめしば
2009年08月29日 11:30
断片的ですが、脳裏に浮かぶことです。

起訴や量刑などの基準を考えるにあたり、厳罰化による被告人の負担増加と厳罰化による一般的抑止効果をどのように評価してバランスを取るのか

刑罰法令全体の中における薬物法令違反をどのように位置づけて運営するのか

薬物違反者に対する更生プログラム、それでは、その他の法令違反の更生プログラムはどうなのか

精神保健衛生行政の観点から、原因において自由な行為ともいえる薬物による各種障害者と、その他の自己責任に帰することのない障害者の処遇バランスをどのように図るのか

その他にも様々な検討事項はあると思います。
社会においては、ひとつのカテゴリーにおいては理想と思われる方策が、全体のバランスから見るとひどく不公平な結果になることもありますね。
そこで妥協せざるを得ない部分が生じることも十分にあり得ることです。
そこで、現実社会の中において、薬物関連法令の運用を理想の形を実現するためにはどのような問題を解決しなければならないのかという視点を忘れてしまうと、どんなに素晴らしい理想論であっても、それはやはり絵に描いたモチに過ぎません。

薬物に手を染めてしまった人間をどのように処遇するべきかという大きなテーマに関心と問題意識を持つならば、その実現のために解決すべき問題を抽出して検討するという議論をしてみたいものです。


のら猫
2009年08月29日 14:12
ここは、小森先生飲む薬物問題ノートのコメント欄です。他の刑事犯を含めた刑事政策論議ではありません。
私は、薬物汚染防止については、末端の乱用者には厳しい刑罰よりも、更正を含めた対応の方が、結局薬物汚染防止に繋がると思っています。そのため少なくとも今以上の厳罰化は適切とは思えないと思っています。今までの運営より厳しく、今まで、ほとんど処罰しなかった事を敢えて処断する事に、賛成できないと思います。これは理想論とは思えません。これは小森先生も良く似たお考えだと思います。私は、薬物汚染の被疑者や被告は、他人への直接的な侵害行為ではなく、病気に近い自傷行為だと思うからです。
密売、売人や大規模な営利目的の所持は、別ですが。

断片的な事ですが、あえていうなら、微罪累犯(微罪を繰り返し行い、刑務所と実社会とを往復する)の問題は、刑事政策よりも社会政策の問題です。微罪累犯を繰り返すと、実社会に居場所がなくなりますし、結局亡くなるまで繰り返すしかなくなります。住所不定になるので、年金どころか生活保護も受けられません。刑務所の維持費用と生活保護では、生活保護の方がローコストです。刑事政策よりは、社会政策の問題でしょう。一定の住居を与え、生活保護の基に、暮らした方が、社会全体としては、経費は削減できるし、警察や裁判所の仕事は減るし、刑務所もかなり余裕ができます。生活保護の窓口は、地方自治体ですが、全体として理解していても、その自治体で受け入れようとはなかなかしない。ここを解決すれば、膨大な事件数の減少に繋がります。これは別の大きな問題でしょう。更正は、社会からの直接現金給付しかなくなります。

まめしば
2009年08月29日 14:49
なかなかかみ合いませんね。
言葉の遊びをするつもりはありませんが、薬物関連政策も刑事政策も、つまるところ社会全体のありかたという意味での社会政策の一環ですので、切り離して考えることはできないのではありませんか?

薬物政策ひとつとっても、末端乱用者と大規模営利目的者を、具体的にどのように定義づけていくのか。
末端乱用者への規制を緩和することによって、大規模事件の端緒入手に具体的問題が生じないのか。また、社会全体の治安レベルに問題を生じないのか・・・etc
私は、規制を緩和することにまっこうから反対しているわけではありませんが、新しい方針を打ち出すためには、メリットとデメリットを慎重に比較検討した上で、双方が高いレベルでバランスすることが重要ではないかと言いたいのです。
ただ単に、「薬物汚染防止については、末端の乱用者には厳しい刑罰よりも、更正を含めた対応の方が、結局薬物汚染防止に繋がるからそうするべきだ」と声高に主張しても、それを実現するための具体的方法について考えてみるという視点を合わせ持たなければ説得力に欠けるということです。

ひとつ確実なことは、そこにどのような事情があったにせよ、違法なものと認識しつつ自己の意思で薬物に手を染めた者の処遇よりも、社会全体の治安秩序の方がはるかに重要です。
そこで緩和を実現するためには、社会全体の治安秩序にいささかも影響することはないということを客観的に説明しなくてはならないと思うのです。

適切な表現ではないかもしれませんが、「自分で悪いと知っていてクスリにはまって落ちたんだから、そんなヤツを救うために血税を使うなんてとんでもない」と感じる層は少なくないはずです。こういった意見が正しいか否かということは別論として、そういった層を納得させなければならないのです。
てんびん
2009年08月29日 14:56
その・・・私は難しいことはわからないのですが、問題意識としては、先に書いたとおりで、たまたま使用前だったか使用後だったかで、両者にどんな違いがあるのだろうということです。

多分、「厳罰化」という言葉に違和感を持ったのだと思います。厳罰化というからには、今までの基準よりも厳しいものであるということになると思うのですが、微量だと起訴しないという基準が今まではっきりとした形であったのか、仮に微量だと起訴しないという基準があったとして、それは基準として合理的なものなのかという疑問がわき上がりました。

そこで、使用前と使用後を比較してみたのですが、私にはその違いがわからなかったのです。「同じ末端の使用者ではないの?」と。同じ末端の使用者を公平に処罰することが、どうしても処罰範囲の拡大に繋がるとは思えなかったのです。

末端の使用者の処罰だけに勤勉であっても仕方がないということについては、私もそのとおりだと思います。ただ、今問題とされている事件についてのみ、現状を前提としていえば、起訴がどうしておかしいのかよくわからないのです。そういう問題意識ではいけないのでしょうか。
まめしば
2009年08月29日 15:58
覚せい剤所持罪が成立するためには、覚せい剤としての薬理効果が認められるだけの量を、覚せい剤としての薬理効果があるものという認識を持った上で自己の支配下に置いたということが必要です。

尿から陽性反応があり、覚せい剤使用が立証できたなら、使用時とその直前には所持していたということも言えますので、理論上はこれを覚せい剤使用罪と所持罪の2罪に問うことも可能となりますが、通常は使用罪についてのみ送致、起訴され、その範囲で処断されているのが実務ですし、その場合に使用器具に付着した1回使用分に満たないような微量の覚せい剤が押収されていたとしても、それを別個に所持罪として立件することもほとんど行われていません。
これは、自己使用罪の1罪と単純所持罪と併せた2罪になった場合の実質的な量刑に差異がないからという理由によるのではないかと思われます。
反面、尿鑑定が陰性であった場合、使用器具に付着した微量の覚せい剤について所持罪として立件されることは良くあることです。これがまさに今回のケースに該当するのではないかと思われます。
まめしば
2009年08月29日 15:59
こういった場合、被疑者が覚せい剤を所持使用していた蓋然性が極めて高いにもかかわらず、使用罪に問うことが事実上困難になりますので、所持罪で立件する努力が払われます。
その場合、たとえば、ゴミ箱に投棄されたビニール袋から1回使用分相当の覚せい剤が発見押収されていたとします。被疑者はこれについて、「オレは日頃からブツの入手には困っていないから、そんなわずかな量をビニール袋からいちいち出したりしない。そんなのはゴミだから捨てたんだ。」と説明したとします。
すると、覚せい剤としての薬理効果のあるものを所持しようという故意を認めることが困難になります。
逆に、通常では1回分に満たないと思われる微量であっても、被疑者が「自分は、1回分をアルミホイルに載せて、それを一日に数回に分けてあぶって吸っているので、これもその吸いかけのものだ。あと2回くらいは吸えると思って取っておいたものだ。」ということになれば、これは所持の故意を認めることができるということになります。
こういったことを被疑者の供述のみに基づいて判断することはありませんが、リクツとしてはそういうことです。

まめしば
2009年08月29日 15:59
従来の判例において、所持罪が成立するか否かの分水嶺はここにあると言っても過言ではありません。
ただ単に、押収された覚せい剤の重量のみによって判断されているのではないのです。
今回の、0.008gという押収重量のみにとらわれて云々する方は、これらの判例の読み込みが足りないということですね。

一見するとちょっと不合理のようにも思えますが、刑罰法令の総則である刑法総論にいう故意の概念を始め、法令によって所持を禁じられている多くの物に関する所持の概念に従うものですので、覚せい剤の場合だけを別にするというわけにはいかないのです。
また、このことは極めてテクニカルに判断されることですので、有名人だからどうのということもあり得ないことです。
チビクロ
2009年08月29日 16:03
いままでは
・尿検査が陽性で、使用が立証された者と
・尿検査は陰性だが、使用が立証された者
の起訴と不起訴が分かれることに違和感をもって自分の疑問を書き込んでいたのですが、いろいろ勉強になりました。

以下異なる視点からのみなさんの意見で、いくつかよく分からなかった点を挙げてみます。

・尿検査が陰性だった者をさらに捜査することは厳罰化である。
・疑義のある者を徹底捜査することは容疑者の更正する機会を奪っている。

という意見が多かったのですが、警察が捜査する・しないは、更正の可能性とは関係なく「疑義の程度」と「社会的影響力」で決めているよう思っていたのですが、今回は捜査したこと自体がおかしかったということなのでしょうか。

一般人からしたら「疑義の程度」と「社会的影響力」から、今回捜査したことは当たり前のことだと思っていたのですが、一般人には理解し難いのですが、専門家の意見は「今回、尿検査で陰性だった妻はそれ以上捜査するべきでなかった」ということでしょうか。

まめしば
2009年08月29日 22:22
「・尿検査が陰性だった者をさらに捜査することは厳罰化である。」
犯罪の疑いがあれば、それを捜査するのは捜査機関の責務なので、更なる疑いがあれば、それを捜査することは当然、いや、捜査しなければならない。
客観的合理性を有する嫌疑に基づいて捜査が行われている限り、それは適用範囲の拡大などと批判されるいわれはなく、まして厳罰化などではない。

「・疑義のある者を徹底捜査することは容疑者の更正する機会を奪っている。」
徹底捜査と容疑者の更正とは別の問題である。

警察を始めとする捜査機関の責務から、疑義があれば捜査しなければならない。しかし、現実の捜査態勢の物理的処理能力からすれば、この世に存在する犯罪の全てについて捜査着手することは不可能であるので、その優先順位を決めるにあたっては、事案の軽重を含めた社会的影響度などを考慮することとなる。

今回の事件について、尿検査で陰性であったとしても、覚せい剤使用の疑いが極めて強く認められたのだから、捜査したことは当然である。
まして、採尿に先立って行われた、夫の所持事実に基づく関連場所捜索によって、妻の居宅から覚せい剤と使用器具が押収されているのだから、捜査しない方がおかしい、しないわけにはいかない。

私の考えは以上です。

Dr.涼
2009年08月30日 00:14
「事案の軽重を含めた社会的影響度を考慮して優先順位を決める」殺人と覚せい剤犯罪で殺人を優先して捜査するならこの考え方に同意します。しかし、同じ覚せい剤事件で有名人かそうでないかをもって優先順位を決めることには同意できません。
「尿鑑定が陰性であっても使用の疑いが強ければ捜査する」これも同様です。すべての被疑者に対して同じ扱いをしているのであれば同意します。しかし、今回の事件では明らかに違います。
警察や検察が世論に敏感なことを歓迎するようなコメントも散見されますが、これは危険な考え方です。少なくとも法に携わる人間がするべき考え方ではありません。
るる
2009年08月30日 03:51
今まではしなかったケースであるから、今回の捜査はやりすぎであるとか、被疑者によって扱いが違うのは公平感を欠くという意見は出て来るのは当然かも知れません。
ただ、今までのケースでも今回と同様に精査すべきであるけれど、様々な理由で行われなかった事件があるとも考えられます。つまり今回がやりすぎというよりも、以前の方が被疑者に甘くなっていた場合があるとも言い換えることが出来ると思います。
今回の事件のみが特異なのか、それともこれがきっかけになって警察や検察のスタンスが変わってくるのか、今後の状況を見てみないと何とも言えません。
世論によって、ころころと風見鶏のようにスタンスが変わるのはいいことだとは思いません。ただ、犯罪に対する考え方は時代によっても変わってきますし、あまりに世論とかけ離れたところに法律があるというのもよくないと思います。尊属殺人、買春をした人への罰・・・変わってきたものはあります。また裁判の判決においても、殺人の人数と死刑判決の関係など、それまで判例とは違ったものでも、市民感情が若干反映されてきているものもあると思います。
それから、科学捜査技術は年々進歩しているでしょうから、110年前では信頼性に欠ける捜査でも、現在では信頼性が高いものもあると思います。そういう点も時代とともに変わっていくところでしょう。
るる
2009年08月30日 03:54
110年前→10年前
(コメント欄を余計に使ってすみません)
てんびん
2009年08月30日 04:25
私は、今回、有名人だからといって特別に扱われたのではないと思います。

警察や検察のメンツにかけて起訴したという面はあるかもしれませんが、それは、社会的に注目を浴びているからであって、有名人だからというわけではないと思います。そして、メンツにかけて職務を行うことが、何かおかしなことだとは思えません。

私としては、やはり、薬物事犯は厳罰に処してほしい。人に迷惑をかけているわけではないからいいじゃないかと安易に薬に手を出すとどうなるか、世間に示してほしいと思います。
のら猫
2009年08月30日 06:54
社会的に注目されているからといって、従来にないスタンスで、捜査する事は危険です。それは、結局 有名人だからというのと、同じ理屈です。どんな人でも、どんな状況でも、同一の基準で、拘束を伴う刑罰を与えるべきかを検討すべきだと思います。

ある特定の人に対する処罰を、見せしめに饗する行為は、中世の魔女裁判と同様です。

今回の被疑者は、刑罰以外にもう既に20年以上築いた信用と相当の今後見込める収入を失いました。その上一般人なら問題となる人格攻撃や非難、中傷を受けました。世間に示すには、既にもう十分以上です。

薬物事犯についても、誰であっても、拘禁を伴う刑罰を与えるのには、極めて冷静に限定的に行うべきです。

今回 不思議に感じるのは、一方で常習といいながら、一回当たりの使用量が少なく、その使用頻度についても多くないのではないかと推測される点です。報道資料なので、どこまで正しいのか分かりませんが、8mgは、通常の被疑者の2回分の使用に相当するとの事です。とすると1回 4mg。高裁判決で、もはや薬理作用が期待できないとされた3mgをわずかに超える程度です。
一般的な使用量 20mgから30mgと比較すると
低いのは明白です。これは、たまに缶チューハイを飲んでいる人にアル中と言うのと、等しいと私には思われます。だからと言って法令違反ではないとは言ってはいませんが、過剰な反応は危険だと思います。



これはもう世間に示して刑事訴追については、冷静伴う
まめしば
2009年08月30日 07:06
私が言いたいのは、法規制やその運用は、世論に支持されるものでなければならないということであって、個々の事件について、風見鶏のように軸がぶれていいということではありません。
そして、今回の事件が、世論から支持されないようなものではないということです。

警察や検察は捜査権を持っていますが、法による権限を有しているということは、法的な義務を負っていることと同義です。
認知した事件の捜査を怠ったことで地方公務員法などに基づいて警察官が懲戒処分を受けたりするのもそういったことからですし、状況によっては、犯人隠避罪などによって処罰されることもあります。
犯罪の嫌疑があれば捜査するということはそういったことです。
起訴は検察官の権限ですが、起訴すべき事件を起訴しないということであっても同様であるのは言うまでもありません。
一部の方々が想像されているような、恣意的で曖昧なものではないのです。
ですので、その時々の捜査機関内部の事情や報道機関等が取り上げているからとか、そのようなことで判断されることではありません。
のら猫
2009年08月30日 09:36
いつも最後に削除忘れが残り、コメント欄を汚してすみません。

私には、世論の動向はわかりません。テレビのコンメテーターや新聞(スポーツ紙を含む)、雑誌が世論とは思えませんが、今回の事件上、その「世論」が、事件の捜査方法や起訴を含む判断に、影響を与えていると考えるのは、一部の人だけでしょうか、かなり多くの人がそう考えているような気がします。

基本的に、私には、薬物汚染に対して、厳正な処罰よりも厚生面を含めた運営が、結局薬物汚染を減少させると思っています。
現に今までそうしてきたのではないてせしょうか? 
いままで多くの有名人が、薬物汚染問題で逮捕され、起訴あるいは不起訴されてきましたが、冷静に、過去の運営通り行われてきたように思います。今回は、特異的な捜査方法や運営が取られていると思うのは、私だけではないと思います。
最後に、私の憶測というか、恐れでもあるのですが、
今回の被疑者は、子供の新学期が始まる9月までに決着を付けたい思いが強く、かなり警察や検察のシナリオ通り供述しているような気がします。逆に、その供述から、使用容疑での追起訴や共同所持での逮捕、拘留、起訴を見せて、容易に保釈できないように引っ張り、更に絶望させて供述を迫る。最後に執行猶予拒否のスタンスを見せる4年以上の求刑、そんないやな気がします。
中世の魔女裁判では、拷問を繰り返し行い、もう死んだ方がましと思わせて、「世論」が納得する自供を得て、そして処刑してきました。
子どもと静かに暮らしたいと思い、自ら芸能界復帰の目を摘む供述をしている人に、さらなる過酷な処置をしようとする姿とだぶります。
こんな事は、私の憶測である事を望みます。
るる
2009年08月30日 09:58
>今回の被疑者は、刑罰以外にもう既に20年以上築いた信用と相当の今後見込める収入を失いました。その上一般人なら問題となる人格攻撃や非難、中傷を受けました。世間に示すには、既にもう十分以上です。

よく社会的制裁を受けたから・・・という声を聞きますよね。難しい問題です。もちろん一般人であれば、ここまでプライベートのことが洗いざらい公開されたりということはありません。
ただ、これは芸能人という性質上仕方のないことだと思います。芸能人は人気商売で、イメージというのは非常に大切にされます。本人の清潔感を信用して企業はCM契約しているし、裁判員制度のPRビデオにまで使われていたわけですからね。それをいっぺんに裏切ったわけで、損害も多額ですから、本人だけが困っているわけではなく、迷惑がかかった人はたくさんいるわけです。
また、一般人では覚醒剤所持や使用ならば、起訴どころか、逮捕されただけで会社などを解雇されることも多いのではないでしょうか。
覚醒剤を使ったことがある人にはついてもらいたくない職業は結構あります。医療従事者、交通機関の運転士、理髪師や美容師、教育関係者などです。やはり精神的に影響がある薬ですから、他の罪とも性質が違うと思います。

>今回 不思議に感じるのは、一方で常習といいながら、一回当たりの使用量が少なく、その使用頻度についても多くないのではないかと推測される点です。

使用量などは、どのくらいできいたと感じるかは個人差があるでしょうし、量が少ないからといって罪が軽くなるわけではないと思います。
(難しいことでしょうが)覚醒剤は撲滅すべきものです。一般家庭には例え微量でもあってはならないものです。そういう感覚が薄れている人がいるからこそ、安易に手を出す人がいるのではないですか?チューハイとは違います。
るる
2009年08月30日 10:24
感覚が薄れている・・・これはのら猫さんに対して書いたことではないので、誤解なさらないでくださいね。
安易に薬に手を出す人達という意味です。

・人が薬に手を出さないためにはどうしたらいいか、ということを考える
・やってしまってした人に対しては二度と手を出さないような矯正プログラムを実施し、更正できるように考える

これらはどちらも非常に大事なことで、これプラス、薬物犯罪についてはきっちりした刑事的な処理をすることが大切だと思います。
てんびん
2009年08月30日 12:41
議論しても仕方がないのですが、とてもかみ合わない感があります。

社会的に注目を浴びる要因として、有名人であるというのは確かにあるのですが、有名人であることが理由でなくても、社会的に注目を浴びている事件については警察・検察はメンツにかけて捜査を行うでしょう。

また、社会的に注目を浴びているということは、事件に大きな社会的影響力があるということを意味しており、厳罰に処する理由になるのではないでしょうか。

今回、あれほど大騒ぎになってしまったことについて、一番の責任を負うのはマスコミでしょう。私も、過熱する報道に眉をひそめている一人です。
まめしば
2009年08月30日 14:30
社会的注目を浴びている事件には多くの国民が感心を寄せます。
こういった事件の処理がいいかげんなものであったらどうなるでしょうか。
多くの国民が警察や検察の捜査に疑問を抱き、ひいては現在から将来にかけての治安秩序に不安を募らせる結果となります。
多くの国民が不安になるということは、それは社会全体の不安感につながるということです。

これは、注目を浴びていない事件はいいかげんにやっていいということではありませんし、そこに不公平があってもならないことです。
国家行政の一翼を担う捜査機関として、これは当然の姿勢ではないかと思いますし、それがひいては世論に支持される法の運用ということになるのではないでしょうか。

しかし、今回の夫婦による覚せい剤事件の捜査において、従来とかけ離れた取り組みがなされたとは感じられませんね。
0.008gの覚せい剤所持について起訴された理由については前述しましたし、追送致された使用事実については起訴されるかどうかも定かではありません。
これが起訴されて、単純所持罪と使用罪の2罪によって処断されたとしても、これも前述のとおり、単純所持罪1罪と実質的量刑差はありません。
私の予想としては、懲役1年6ヶ月、執行猶予3~4年といったところでしょうか・・・
これのどこが厳罰化なのか、私には理解することができないのです。従前の例と比較しても、極めて順当な結果ではないかと思われます。



まめしば
2009年08月30日 14:42
るるさんが言われるように、覚せい剤は撲滅すべきものです。
製造者、密輸者、密売者などの供給者は、その莫大な利益を目的に覚せい剤流通ルートを構築していますが、これも消費者がいるから成立することです。

そこで、覚せい剤を厳しく取り締まり、厳しい処罰を科するということは、多くの人に対し、覚せい剤とは忌み嫌うべきものという嫌悪感を抱かせ、社会全体に覚せい剤やその使用者を排除しようという気運を醸成します。
そう思わない人もいるなどという反論はおやめくださいね。全体として、そういった効果があるということです。
そして、これによって、覚せい剤供給者や末端使用者は覚せい剤にまつわる行動を大きく規制されることとなり、これが覚せい剤の大きな抑止力として働いているというのは厳然たる事実です。
こういった、すでに国内に醸成された覚せい剤に対する厳しい感情を緩和方向に向けるような方策はいかがなものでしょうか。

覚せい剤の流通がもっと自由なものになり、世に多く出回るようになれば、覚せい剤の被害者も確実に増加するのですよ。
のら猫
2009年08月30日 15:21
>社会的に注目を浴びている事件については警察・検察はメンツにかけて捜査を行うでしょう。
 メンツにかけて捜査するのを非難している訳ではありません。その捜査結果の解釈や起訴に至る経過に、特異性や恣意的な運用を、私は感じる。
>事件に大きな社会的影響力があるということを意味しており、厳罰に処する理由になる。
 これは、見せしめ処罰を認める事に繋がります。本音は兎も角、原則は、法の運用は誰についても公平であるべきです。裁判所に対して、社会的に影響があるから、厳罰を求めると主張するとは思えません。逆にいえば、本件は社会的影響もないし、量刑は緩くてもいいのでしょうか?

 るるさんへ チューハイのたとえは、アルコール中毒について言ったものです。覚醒剤は法令的にはタバコや酒とは異なります、禁止薬物ではありません。
3mgは、もはや薬理作用を持たないとされた量(所持の時)です。多年による常習は、一般的には、使用量と使用頻度の増大を招き、結果として精神や身体へ影響を及ぼすと言われます。人は、薬物への感受性が異なる事は事実ですが、常習性の概念(使用量の増大や頻度の増加)とは異なります。要するに異なる概念を整理しないで、「所持」については、微量でも薬理作用、「使用」については使用量を除外して、頻度を問題とし、常習行為としていると言うことです。起訴段階で8mgは容疑者の通常の使用量の2回分に相当し、使用するために所持していたので、十分立証できると報道されています。常習行為と一方では言いながら、常習者の使用量とすれば、違和感があります。使用容疑については、量そのものが特に規定されている訳ではありませんが、常習者とするには、合理的な説明が十分とは思えません。常習行為かどうかは、量刑には影響します。
まめしば
2009年08月30日 16:07
社会的影響の大きな事件を起こせば、それは量刑を加重されるのは当然のことですし、それを不公平とは言いません。このことは、すでに判例においても明確に示されていることです。
この、社会的影響度は、事件内容のみならず、被告人の属性を含むことは言うまでもないことですね。
のら猫さんが司法関係について大きな関心を寄せていることは理解できますが、ご自分で構築したものについて、過去に判例等で示されているものはないのかなどについて検討してみるといいのではないかと思われます。
あなたが現行の構造から受けている様々な印象について、少なからぬ疑問をお持ちのようですが、自ら抱いた疑問を解決するのは、他人ではなく自身です。
てんびん
2009年08月30日 16:09
どうやら、完全にかみ合わないようですね。

恣意的だと非難される場合には、具体的な事実を摘示して、どういう基準に照らしあわせて恣意的であるかを明示された方がよいと思います。

また、犯罪の社会的影響が量刑上考慮されることは、裁判実務においてほぼ定着していることだと思います。

門外漢(学生時代に学部試験で刑事訴訟法を受けた程度)の私ですが、今回の事件を契機としてある程度のことは調べてみました。大阪刑事実務研究会の「量刑に関する諸問題」からの抜粋を、参考として挙げておきます。

「例えば、有名な芸能人が覚せい剤事犯を犯し、マスメディアにより大々的に報道がなされているとすると、同人を厳しく罰することにより、覚せい剤事犯の重大性を国民に周知させることができるし、逆に、軽い処罰をすると覚せい剤に対する安易な態度を蔓延させるという一般予防的効果が考えられる。」判例タイムズ1206号35頁
あらま
2009年08月30日 17:33
某放送局が容疑者の家族の写真を放送したことに対して、お詫びの放送がありました。私は以前にこのコメントに憤りを感じると書いたのですが、某放送局の良心を感じ救われる思いがしました。放送してしまったことはもう取り返しができないのですが。
これまでの過熱した報道から、最近は薬物の怖さや更生に関する放送がされ、マスコミも薬物問題に責任を果たそうとしている姿勢が感じられます。私は小森先生の「青少年の薬物問題を考える会」HPの『覚せい剤をやめる』を拝見させていただいて涙が止まりませんでした。最初は天使の様に微笑み、その後地獄の底に突き落とす悪魔が薬物なのです。そして、その悪魔が汚れの無い人に微笑んで誘うのです。地獄から更生することも容易ではないのです。それが薬物なのです。
るる
2009年08月30日 18:46
マスコミが大きくとりあげることにはいろいろな側面があります。
私のような素人も、それまでよく知らなかった覚醒剤事件の量刑などを知る事ができました。毛髪検査が尿検査陰性の人に行うことは殆どないということ、尿検査陰性なら所持が直接見つからないか、見つかっても微量なら、起訴されることはないということも初めて知りました。驚いた視聴者も多かったと思います。
もし今回不起訴になれば「職務質問を受けても逃げればいい」「1週間逃げて尿検査がシロなら起訴されることはない」と間違ったメッセージを現在覚醒剤を使用している人達に送ることになるのでは、と心配しておりました。
しかし、起訴され、法に触れる行為をすれば、きちんと裁かれるという、秩序が維持された思いがしました。

報道でも、針小棒大に報じられたり、逆に大事なことで公になっていない部分もあると思います。冷静に裁判の行方を見守りたいと思います。
のら猫
2009年08月30日 19:54
社会的影響について
量刑の考慮理由の1つにおいて、社会的影響があるという事で、その一方で、同種事件との法的公正性について、勘案しなければならないと思います。こんな判決理由は色々とあります。

まして訴追要因として、社会的影響が、同種事件との法的公平性を超える事はないと思います。しかし刑事訴追で過小(起訴を不起訴に)を訂正できるが、過大(不起訴を起訴に)を訂正できない。公判での結果で修正できるからという理由でしょう。

多くの有名人の覚醒剤違反事件では、量刑の差これあれ、微量や軽微 起訴猶予、1審 執行猶予、2審 実刑がメインであると思います。これを「社会的影響力」で左右できるとは思いませんが、刑事判例は良く知らないので、確定的な事は言えません。ほとんど尊重されない刑事訴訟法はすきですが。ただ起訴猶予は検察の起訴便宜主義の中で行われるので、起訴されれば、法的には、公判で判断を仰ぐしかない。

Dr.涼
2009年08月30日 20:03
一般予防のために量刑を重くすることがあるというのが判例で定着しているかのコメントがありますが、むしろ逆です。犯罪の責任と予防的効果を考えた場合、量刑において予防的効果が責任を上回ること、過度に予防的効果を考慮することには、日本の学説は否定的です。調べればすぐにわかるはずです。一つの判例があるからと言って、それがすべてかのようなコメントはやめましょう。社会的影響度を量刑に加味するのは、統計を取ったわけでも詳しく調べたわけでもありませんが印象としては、犯罪そのものの影響(社会を震撼させるような事件や大規模な詐欺事件)が大部分であり、犯罪を犯した人が有名人か否かではないと思います。
まめしば
2009年08月30日 21:12
過度に予防的効果を考慮するなどとは誰も言っていませんね。
刑罰には、犯罪を犯したことについての責任追及と予防的効果の両方を目的としています。そして、これらは具体的事案内容や社会背景に応じてバランスを取るべきことですね。
また、社会的反響を考慮することで、さらなる公平性を実現しようとするものですね。
そして、今回話題になっている事件において、そのバランスを欠いていると私は感じていません。
そうかといって、そう感じるという方がおいでになることを否定するつもりもありません。
なにか、言葉尻を捉えた揚げ足取りのような雰囲気になってしまって残念です。
てんびん
2009年08月30日 22:21
学説が犯罪の社会的影響の一般予防的効果を考慮することについて批判的であるのはそのとおりですが、先ほど私が引用した大阪刑事実務研究会の一連の研究論文は、大阪高裁管内の現役の裁判官によって発表されたものであり、それによると「一般予防的側面を量刑上重視せざるをえないというのが実務感覚であ」るとされています。

学説で一般予防を重視することが否定的に捉えられているということも、裁判実務において、犯罪の社会的影響の一般予防的効果を重視する場合があることも、いずれも調べればわかることですし、当然調べております。

ただ、私が先ほど引用した箇所はあまり適当ではなかったようですね。この場で訂正しておきます。
うさ
2009年10月16日 02:52
空白の何年間を終え
流れてる社会へ戻り
せん妄になったよう
一種のカルチャーショックだと…


悪い事をして当然な処罰ですが
先生の言う通り
薬物をとどめると言う施設でなく
ただ長年拘束される処罰です。


これに懲りなさいと。言う処罰なのでしょうか…
Servicebed
2017年10月01日 01:53
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2017年12月01日 02:01
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