末端乱用者を逮捕することの適否|世界薬物報告書2009年版5

『世界薬物報告書2009年版』の特集は、薬物関連犯罪に対する取締りを問い直すもので、薬物コントロールとは何かという、本質的な考察を含んでいます。今日取り上げるのは、その166ページからの「2-2 法執行の再活性化を超えて」という項目です。

「薬物の所持と使用は世界のほとんどの国で不法とされており、その結果、薬物問題は長い間まずは刑事司法の問題とされてきた。人々は、「薬物戦争drug war」という現象は制服とけん銃を携えた人たちの働きによって進展していると感じているかもしれない。もちろん、薬物を不法で入手しにくいものとしていくためには、法執行は今後も主要な役割を果たさなければならないが、刑事司法が有効で効率的なものであるには、まだ多くのことが必要である。
結局のところ、刑事司法制度とは、薬物マーケットに対処するには、きわめて鈍いツールなのである。抑止力による警告は必要だとしても、個人を逮捕し、起訴し、拘禁することは、きわめて迂遠で、高価で、労働集約的な工程なのである。薬物マーケットとこれに関連する暴力、不正などを壊滅する鍵は、薬物取引において売り手と買い手の接触をより複雑にさせ、困難にさせるところにあるはずだ。そのためには、状況に応じた犯罪防止と、問題対応の取締りが行われなければならない。」

薬物取り締まりのために、どこの国でも、警察官は密売人や乱用者を検挙し、拘禁刑を科すことに力を注いでいます。ところが、こうした方法は、薬物問題の解決には、迂遠な方法だと、本書はいきなり論じ始めます。さらに、これに続く小項目は「軽微な犯罪者に拘禁刑を科すことをやめる」となります。

薬物取締りのための機関や人員が限られている中で、現在は、そのパワーの多くが、乱用者や末端の密売人の検挙に当てられています。多くの時間と高度な能力を要する犯罪組織の捜査を活動の中心とするには、検挙人員という量を評価する現行のシステムが障壁となっているのです。いきおい、活動の中心は、交通検問などの折にたまたま発見された薬物所持に対する偶発的な取り締まりに置かれることになります。こうした捜査活動は、当然ながら、薬物の流通を阻止し、犯罪組織の活動を制限するのに、あまり有効とはいえないでしょう。

さらに言うなら、ときどき薬物を使うような末端の乱用者にとって、拘禁刑を科すことは「行き過ぎた制裁」であり、それによる弊害も考慮しなければなりません。いっぽう「死の危険を冒して1キログラムのコカインを飲み込む連中は、拘禁刑を受ける可能性があるからといって、計画をためらうことはない。薬物中毒者とセックスワーカーは、どちらも、脅してもなかなか行いを改めることはない。将来に希望がある者にとって逮捕は脅威であるが、希望を捨てた者を脅かすことはできない。」というのも現実で、こうした現実は、法執行の有効性にとってロスでしかないと、本書は言います。

「こうしたロスを避けるには、警察は、とくに優先度の低い薬物所持事犯に対応する際には、代替的な措置を必要としている。国際麻薬統制委員会に関する意見では、1988年の麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約は、規制物質の不法な所持を禁止するよう要請しているが、少量所持に対しては刑事訴追することを要しないとしている。時に、薬物所持罪は、危険であったり疑わしかったりする人物を引き止める口実として使われるが、そうでない場合は、警察官がたまたま少量の薬物所持を発見した際に適用できるよう、法は、勾留にかわる代替措置を講じるべきである。事件は記録され、必要であれば薬物使用者をトリートメントに直接結びつけるよう、機会を活用するのが重要なのであって、こうした犯罪者のために拘禁施設のスペースを費やすことに、ほとんど有効性はない。研究によれば、ヨーロッパと北米の多くの国では、人口の4分の1以上が、これまでに1度以上薬物を手にしたことがあるという。そのほとんどは、生産的な市民である。こうしたケースのうち、逮捕と、それがもたらす生涯にわたる汚点(スティグマ)にふさわしいのは、ごくわずかな割合である。」

出典:国連薬物犯罪事務所編『世界薬物報告書2009年版 WORLD DRUG REPORT 2009』
http://www.unodc.org/unodc/en/frontpage/2009/June/world-drug-report-2009-released.html

さて、これは、国連薬物犯罪事務所が毎年発表する『世界薬物報告書』の2009年版で、欧米社会を基本にした考察です。わが国の場合も、少し考えてみましょう。
日本では、薬物事犯での検挙者の大多数が末端の薬物使用者で、少量の薬物所持罪と、欧米では標準的に刑事訴追の対象になっていない薬物使用罪によって占められています。さらに、営利目的で起訴される被告人の多くは、犯罪ネットワークの最末端にいる密売人です。本書は、こうした違反者を「軽微な犯罪者」と呼んでいますが、日本では「薬物乱用は重大犯罪です。」と警告されており、また、実際に、重大犯罪として取り扱われています。

これは、日本がまだ比較的薬物の影響を受けずに済んでいることの現われでもあります。幸い、日本では、1度でも薬物を手にした事のある人の割合は、人口の1割以内だと思います。このクリーンさを維持するために、厳正取締りによる効果を無視することはできません。しかし、その歯止めが、そろそろ危うくなっていることを感じる現在、本書の考察を真剣に受け止め、検討することも考えないといけません。
いかに厳重に取り締まろうとも、懲りない連中にとってはほとんど効果がなく、そのいっぽう、将来のある人材に犯罪者という烙印を押して社会の片隅に追いやってしまう、その構図は、日本でも同じように展開されているのです。

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