弁護士小森榮の薬物問題ノート

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zoom RSS 北朝鮮の覚せい剤に関与の韓国人3人に判決、ソウル

<<   作成日時 : 2015/09/29 23:40   >>

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1990年代後半、北朝鮮で密造された覚せい剤が、日本や中国などに膨大な規模で密輸された時期があります。日本では100キロを超える大量押収事件が相次ぎ、1997(平成9)年から数年間は、日本で押収される覚せい剤の半分近くを北朝鮮産のものが占めるという状態が続きました。
外貨不足に悩む北朝鮮による国家的規模での覚せい剤密造、と国際社会は非難を強めましたが、しかし、秘密のベールに厚く覆われた国の内部については、明らかにならないまま、いつしか時間が経過していました。

ところが、今年になって、韓国でその一端が明かされる出来事があり、北朝鮮側に協力して覚せい剤密造に関与したとして、韓国人男性3人が逮捕されたのです。彼らが関与したとされる2000年6月から7月頃の覚せい剤密造から15年目、韓国で公訴時効が成立するぎりぎりのタイミングでの起訴でした。

9月25日、ソウルの地方裁判所は、北朝鮮で覚醒剤60キロを製造するなどした韓国人3人の被告人に対して、懲役9年などの実刑を言い渡しました。

<ニュースから>*****
●韓国人3人、北朝鮮側と覚醒剤製造 ソウルで実刑
ソウル中央地裁は25日、北朝鮮で覚醒剤60キロを製造するなどした韓国人の40〜50代の男3人に、麻薬類管理法違反などの罪で懲役9年などの実刑を言い渡した。
・・・判決文によれば、男3人は1997年ごろ、北朝鮮の工作機関、朝鮮労働党社会文化部や党作戦部の要員と接触。男らが施設や原料、技術を、北朝鮮が場所をそれぞれ提供し、もうけを等分することにした。(以下省略)
朝日新聞デジタル2015年9月28日18時16分
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11988274.html
*****

この3人が逮捕されたのは今年5月のこと、中央日報日本語版がその経緯を詳しく報じています。
同記事によれば、最近、脱北者を装って亡命した北朝鮮人民武力部傘下の偵察総局出身の工作員Cを尋問する過程で、覚せい剤製造などの具体的な経緯が明かされ、北朝鮮側に協力した韓国人3人の存在が明らかになったということです。
この北朝鮮工作員が最初に仲間に引き込んだのが、韓国人男性のB、さらに彼が知人のK、Hを誘い、3人が北朝鮮での覚せい剤製造に協力することになりました。北朝鮮が製造場所を提供し、覚せい剤1トンを作れば、半分の500キロを渡す約束だったが、実際に製造したのは70キロでした。
覚せい剤の製造に必要な反応炉、冷却器などの設備は中国で購入し、覚せい剤の原料は韓国内で購入したといいます。貨物は国際貨物列車や船便を利用して運搬し、彼らはゴムボートを利用して鴨緑江を渡って行き来しました。北朝鮮への往復には工作員Cが同行し、北朝鮮保衛部所属の軍人の保護も受けたそうです。
[参照]
中央日報日本語版「北、韓国人連れてきて覚せい剤製造…黄長ヨプ暗殺指示も」 2015年05月18日11時21分
http://japanese.joins.com/article/515/200515.html

●国家的規模と呼ばれた覚せい剤製造の実態
米国の情報分析によると、北朝鮮で覚せい剤(メタンフェタミン)の製造が本格的に行われるようになったのは、1996年ころからとみられています。それまで、国家的に製造されるヘロインが外貨獲得の重要な一翼を担っていたのが、この年の天候不順によってけしの収穫が激減したことから、原料の入手が容易で製造しやすい覚せい剤の製造が主力になったといわれています。
早くもその翌年、日本に密輸される覚せい剤に北朝鮮仕出しのものが増え始め、その後数年は、覚せい剤大量押収事件で押収される覚せい剤の約40%を北朝鮮からのものが占める状態が続きました。ピークは1999(平成11)年で、北朝鮮仕出しと特定されたものが863キロ、ほかに中国や香港仕出しの押収も急増し、年間の押収量は2トンに迫りました。
画像

↑北朝鮮を仕出し地とする覚せい剤密輸入事件
平成15年版警察白書、65ページより転載

当時、北朝鮮では、年間数十トンの覚せい剤が製造され、そのほとんどが外国へ密輸されたといわれます。
日本で押収された北朝鮮仕出しの覚せい剤について、含まれている微量成分を分析したところ、少なくとも3か所の製造拠点があることが明らかになっており、北朝鮮国内に複数の製造拠点が稼働していたとみられています。

いま改めて韓国からもたらされたニュースに接して、当時の北朝鮮で行われていた覚せい剤製造の実態が、ありありと浮かんできました。工作員が主導して、時には外国人もリクルートして製造チームを編成し、国家機関が運営や警護に関わって行われた、まさに「国家規模」の事業だったといえるでしょう。当時は、こうした製造チームが、国内各地で多数編成され、稼働していたのでしょう。
でも、国家機関側と協力者側で、出来高を折半する約束だったとは、ちょっと意外な一面も見えました。

その後20年近くが経過し、北朝鮮産の覚せい剤は、国際市場ではすっかり影をひそめています。しかし、新たな大規模産地メキシコで、薬物カルテルの手によって、かつての北朝鮮をしのぐ規模で覚せい剤が量産され、世界中に流通しています。
その時々の生産地から、覚せい剤の一大消費地である日本に向けて、脈々と覚せい剤は流れてくるのです。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ブラジル人も覚醒剤使用率半端ない
名無し
2015/10/11 18:14
人間も仲間以外はどうでもいいと考えている人って多い。だから薬物問題も戦争も無くならない。
しかし正直者が損をする社会なんて私は嫌だ。
日本にイタリアみたいな法律をつくり薬物による人権侵害を無くしたい。
正直者が損をする社会
2015/10/12 10:24

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