弁護士小森榮の薬物問題ノート

アクセスカウンタ

zoom RSS 台湾への進出 | 覚せい剤密輸の半世紀6

<<   作成日時 : 2014/04/12 17:13   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

5、台湾への進出
 1975(昭和50)年ころになると、わが国で摘発される覚せい剤密輸事件の仕出し地として、台湾、タイ、香港などが散見されるようになります。なかでも台湾は、その後わが国への主要な供給地になり、それまでわが国への覚せい剤供給地として第一位を占めていた韓国に代わって、1984(昭和59)年以降は、台湾が仕出し地の首位を占めるようになります。
 台湾に覚せい剤密造の技術を持ち込んだのは、日本の暴力団だといいます。当時の警察庁幹部による論考には「(密造地としての台湾の)特徴としては、日本の暴力団員等が進出して、現地で密造の技術指導をして昭和50年頃から現地での密造が活発になったことである。」という記述が見え[38]、また、昭和52年版警察白書は「51年には、日本人が台湾に密造工場を作り、現地人グループと共謀して大量の覚せい剤を密造した上、日本へ密輸入するなどの大規模な事犯(が摘発され)・・・、密輸入は大幅に増加した 。」としています[39]。さらに国連薬物犯罪事務所による世界薬物報告書も「1970年代に日本の薬物組織によって、台湾の犯罪グループに覚せい剤密造のノウハウが伝えられたといわれ、当初は日本の組織のために密造が行われた。(私訳) 」としています[40]。
 韓国の場合と同じく、覚せい剤密造拠点が稼働し始めた1975(昭和50)年ころの台湾では、覚せい剤乱用問題はほとんどなく、密造された覚せい剤は、もっぱら日本に向けて密輸されていました。しかし、1980年代後半になると、台湾地域に覚せい剤乱用が広がり、国内の需要増加に対応して密造はさらに活発化し[41] 、日本に密輸される覚せい剤も急速に増えていきます。
画像

↑覚せい剤密輸仕出地の変化
過去の犯罪白書、警察白書から抜粋したデータを元に、私が作成したグラフ。
*なお、抽出したデータが一貫していないため、数字の信頼性にはいくらか疑問がありますが、おおよその状況を把握するため、あえて資料化してみました。

 前出の世界薬物報告書によれば、台湾警察は、1990年代前半とくに1991、1992年に地域の覚せい剤生産に対して取締りを開始し、密造原料のエフェドリンに対する流通規制を強化します。これに対応して、密造グループは、香港の犯罪組織を通じて中国本土から密造原料を入手するようになり、やがて、密造拠点を中国本土に移転して覚せい剤の密造をするようになったといいます[42]。
 1990年代前半には、密造拠点は中国本土へと移り、台湾での覚せい剤密造は下火になりますが、その反面で、台湾はアジア太平洋地域をカバーする薬物密輸のハブ基地化していきます。東南アジアからもたらされるヘロインに加えて、中国本土で密造された覚せい剤が、台湾系の薬物密輸組織の手で、わが国やフィリピンなどの太平洋地域をはじめ、遠くはアメリカにまで密輸されるようになったのです。
ところで、ここでは便宜上「台湾系の薬物犯罪組織」としていますが、その活動には日本の暴力団が深く入り込んでいて、この呼び方が実態を正しく表しているかどうか、私にはためらいがあります。韓国で行われていた密造・密輸についても、同じことがいえるでしょう。米国では、1990年代に東南アジアから供給された覚せい剤に触発されて、覚せい剤乱用の波が広がったといわれていますが、この時期の米国の資料には、覚せい剤の供給源を日本のヤクザ組織とする記載にしばしば出会います。
 1989年のロサンゼルス・タイムズに、ハワイで台湾や韓国から密輸される覚せい剤の押収が増えていることを報じた記事がありますが、そのなかに、ちょっと興味をひかれる記述があるので、その部分を私訳で紹介します。「韓国検察庁の薬物部門の責任者は・・・アジアの覚せい剤取引における『ホワイト・トライアングル』について、次のように語る。1960年代の日本で警察が覚せい剤密造を壊滅させた後、日本の犯罪組織は、違法な密造拠点を韓国に移転し、後には台湾に移して覚せい剤を密造して日本に逆輸出し、数十万人に及ぶ乱用者に供給した。・・・東南アジア一帯で日本のヤクザの活動が活発化しているのに伴って、覚せい剤取引は東南アジアから米国にまで広がっており、現在ではハワイとおそらくカリフォルニアにまで達している(私訳)。[43] 」
 なお、その後台湾当局による取り締まり強化によって台湾を中継拠点とする薬物密輸は沈静化し、1996年には国連麻薬統制委員会による監視対象から台湾は除外されましたが[44] 、わが国で摘発される台湾からの覚せい剤密輸も、このころを最後に消えていきました。
 なお、米国の資料によれば、近年でも台湾では覚せい剤乱用は重大な国内問題となっていますが、台湾に出回っている覚せい剤のほとんどは中国本土から密輸されたものだといいます[45]。

出典
[38] 島田尚武「『シャブ時代』における覚せい剤問題の全般的概況」、警察学論集31巻7号、11頁、1978
[39] 昭和52年版警察白書 第5章 生活の安全の確保と環境の浄化
[40] UNODC, Global Illicit Drug Trends 2003, P.36
[41] 前注40書同ページには、「1980年代後半には、彼らは、急速に拡大する台湾地域の市場に供給するための生産を開始した(私訳)。」とあります。
[42] 前注40書同ページ
[43] S. Korea Seen as Major Source of 'Ice' Narcotic, LosAngeles Times, October 14, 1989
[44] US Department of State, 1999 International Narcotics Control Strategy Report
[45] US Department of State, 2005 International Narcotics Control Strategy Report, p.349

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
台湾への進出 | 覚せい剤密輸の半世紀6 弁護士小森榮の薬物問題ノート/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる