弁護士小森榮の薬物問題ノート

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help リーダーに追加 RSS 黒船とあへん禁令・8――日本人と薬物、150年の戦いT

<<   作成日時 : 2009/01/15 00:19   >>

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ここで、ちょっと用語について解説をしておきましょう。
明治初頭の公文書では、「鴉片」と「阿片」という表記が不規則に使われているようにみえます。法令全書から項目を拾い出してみます。
阿片烟ヲ禁シ府藩県高札ニ掲示セシム 明治元年(慶応4年)閏4月19日 (布)
○販売鴉片烟律 明治3年8月9日 太政官
○生鴉片取扱規則 明治3年8月9日 太政官(布)
鴉片烟禁止ノ儀ヲ在留支那人ニ告諭ス 明治3年8月 外務省
阿片製造者取調雛形 明治8年11月24日 内務省乙第156号達
○薬用阿片売買並製造規則制定阿片取扱規則廃止 明治11年8月9日 太政官第21号布告

「鴉片」、「阿片」ともに「あへん」と読み、同じ意味です。理由はわかりませんが、明治3年の「販売鴉片烟律」と一連の関連公文書では「鴉片」と表記され、「「販売鴉片烟律」が織り込まれた「新律綱領」、「改定律例」では、そのまま「鴉片」と表記されています。その後、明治13年に旧刑法が制定された際には、「阿片」の文字が使われ、それ以降の公文書では、ほぼ「阿片」という表記に統一されました。第二次大戦終了まで、公文書では基本的に「阿片」と表記されます。
戦後になって、新かなづかいの関係から、公文書では「あへん」とひらがなで表記されるようになりました。戦後制定された法律は、「あへん法」と表記されます。歴史に関係した文章を書く際に、私はいつもかなりの不都合を感じながら、基本的には「あへん」と表記し、法令名、文献等に関しては「阿片」や「鴉片」の文字を記載しています。

ついでに「あへん煙」について。19世紀から中国でひろまったあへんは、主に、生あへんを喫煙用に加工した、あへん煙膏として使用されました。そのため、喫煙用のあへんは「あへん煙」「あへん煙草」などと呼ばれ、生あへんと区別されていたようです。明治ころの表記では、「阿片烟(えん)」または「鴉片烟」でした。
「販売鴉片烟律」から始まり、現在の刑法に引き継がれている一連のあへん規制において、規制の対象になっているのは、一貫して「あへん煙」、つまりあへん煙膏です。大正8年の裁判例に「刑法2編14章にいう阿片煙とは、あへん煙として直ちに吸食に供用することができる物体を指称するから、生あへんはあへん煙ということができず、従って生あへんをひそかに輸入、製造または販売しもしくは所持した者は、阿片法の規定に従って処罰されるべきであって、刑法136条を適用されるべきではない。」としている例があります(大正8年3月11日大審院判決)。

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